…本当にこれで良いのだろうか
第6話
あの晩。 門のところで待っていた藤代は俺と向き合うなりこう言った。 「…最近、三上先輩来てただろ?」 そう藤代に言われ、 「なんで知ってる」 俺はなるべく感情を表さないようにして返した。 「知ってたのは三上先輩が寮を抜け出してることだけ。あとは、カンかな」 …どうやら当たっていたみたいだけど。 藤代はそうも言った。 俺は答えない。 すると藤代は突然こんなことを言いだした。 「ジュニア選抜で。MFに上手い奴がいた。…俺、凄く気になって。でも喋る機会はなくてそのままで」 何が言いたい、とばかりに藤代の方を見る。 「で、周りの人間に名前を聞いたら『桐原』って教えてくれた」 その藤代の言葉にハッとする。藤代は微笑みながら言った。 「…水野のだったんだよね。俺、春の対戦の後で渋沢さんと話していて思い出したんだけど」 「それで」 俺はそう促す。 「俺、実は好きだったんだよね」 突然のことに驚いた。 「え?」 「水野のこと。桐原竜也の頃から」 藤代はそう言った。それは真剣な眼差しで。 「だからどうして欲しい、ってことはまだ思っちゃいないけど。ただ、一つ言っておきたくて」 そう続けられ、俺は訊いた。 「何?」 すると藤代はちょっと言いにくそうにして、それでも口を開いて 「三上先輩が、水野を裏切っていたとしたらどうする?」 そう言った。 「どういうことだ?」 俺は訊き返した。だが藤代は答えず、こう言った。 「そうだな今度の日曜日。空いてる?」 俺は焦れた。 「藤代!答えろよ」 「…一緒に来てくれればわかると思う」 藤代はそうとだけ言い、約束を取り付けてきた。 そして日曜の街で、見てしまった三上の別の姿。 『水野!』 …振り向けば良かったのか。 でも、それからどうしたら良いのかわからなくて、振り向けなかった。 ・・・・・ トラップミス、上手くいかない連携プレイ。 選抜チームでの練習。ミニゲーム形式で行われた練習で、俺はつまらないミスをする。ミスと言ってもそう大したものではなく、コーチも3割くらいしか気が付かなかったみたいだった。 …とはいえ。やはり違和感は覚えられただろう。 「どうかしたの?なんかあまり調子よくないみたいだけど」 郭がそう言ってきた。 「いや。こんな日もあるだろ」 なんでもないさと俺は返す。 「なら良いんだけど。無理はしないで、練習試合近いんだし」 郭はそう言った。それに俺はちょっと不思議な顔をして 「心配でもしてくれてるのか?」 と返した。すると郭は不敵な笑みを浮かべて。 「冗談。…ただ君が不調で回ってくるポジション『単なる代役』に興味はないからね。それだけだよ」 それだけ言うと去っていった。 「嘘」 言われて郭の足は止まる。 「結人、一馬」 そこには若菜と真田の姿があった。 …見られていたか、と郭は心の中で舌打ちする。 「アイツが心配だったくせに」 若菜はそう言ってちょっと意地悪そうな笑みを浮かべた。 「…ったく、世話焼きなのは相変わらずか」 これは真田。こちらは呆れたような笑みを浮かべている。 その真田の言葉ににっと笑って 「って一番世話焼かれてるのは一馬だけどな」 と突っ込む、若菜。 「るせーなー、結人」 真田は口を尖らせて言った。だが、若菜はそれには答えず 「でも、ホントのとこ。アイツが不調だと、チームとしても考えものだしなぁ」 と真顔になって言った。 「ああ」 郭は頷いた。 「それに反して、藤代は絶好調だよなぁ」 ふと、グランドの向こうを見て若菜は言った。 その当人は、キャプテンの渋沢に何やら熱心に話している。 「うぜぇぐらいにな」 真田もその様子をちらりと見て苦笑しながらそう言った。 「何があったんだか」 若菜がうーんと悩むような顔を見せた。 その肩にポンと手を置いて、 「ま、なんとかなるでしょ。自覚は促したし」 郭はそう言い、ひとり訳知り顔で笑った。 そして、また歩き出した。 ・・・・・ グランドの隅で休憩を取りながら、俺はひとり考える。 …郭に心配されるくらいじゃ、バレバレなんだろう、きっと。 「でも、俺は…」 アイツから始めて、アイツが終わらせた…。 振り回されただけ。 「それでいいのか?」 思わずこぼれた呟き。 …長いこと受け身だった。 それはなかなか直らないようで。どうしても待ってしまう。 それでは何も始まらないと知っているのに。 だからと言って、こちらから動くのは何故だか酷く悔しいような気もした。 それくらい、気にしている。 ――彼のことを。 何故。 …その答えは、やっぱり認めがたい。だけど――。 「水野!」 藤代が呼んできた。 「なんか調子悪いみたいだけど?」 俺は無表情に返す。そして行き過ぎようとする。 「別に、大したことじゃねぇよ」 すると藤代は軽く溜息を吐いて 「…俺じゃだめかな?やっぱり」 そう言った。 「え?」 俺は振り返って藤代を見た。藤代はばつの悪そうな顔をして 「余計なこと言わなきゃ良かったかなってちょっとだけ思った。でもいずれわかることだったし」 と言う。 「…」 俺は答えない。 「素直になりなよ。ほら、三上先輩も水野も似てるからさ、どちらかが素直にならないとずっとこのままだよ」 藤代は少しだけ笑みを見せてそう言った。 「わかってる」 俺はそう返す。 そう、わかってる。わかってはいるのだ。 自分から動くしかない、待っているのではなく…。 ――休憩時間はもう終わる。 俺は歩き出した。 to be continued... (Up 2001.04.12) |