…そして始まってしまった、二人

Not Found

第4話



 あれからもう2週間が経った。
 誰かさんが傘を貸してくれたおかげで、俺は風邪を引くこともなく、無事に試合も終わり。
 そして、普段通りの練習の後。
 俺は猫の様子を見に、シゲの住む寺へ向かった。

「なぁ、コイツに名前付けたらんの?」
 部屋に入るなりシゲがそう言った。そのシゲの腕に猫は抱かれていた。
「お前の好きにしたらいいじゃないか」
 …お前が飼い主なんだし。
 俺はそう返した。
「そうやなぁ…」
 言われシゲはしばし考え込む。
 そして、ふと口を開いたかと思うと。
「ミカ…」
 などと言いだす。
 俺は思わずシゲを見てしまった。シゲは続けた。
「みかん、なんてどうやろな」
 ふと気が付けば、部屋の隅にはミカン箱。そう、子猫は普段ここで寝ているのだ。
 …そういうことか。
 と、胸をなで下ろしたのも束の間。シゲはニッと笑うと、こういった。
「ははん、タツボン、アイツのコトえらく気にしとるようやな」
「シゲ!」
 俺は真っ赤になって言った。
 そんな様子をシゲは酷く面白がっている。おかげで、俺は少し冷静になったのだが。
「ま、気にしてないって言ったら嘘になるさ」
 溜息まじりに俺はそう言った。
「…よくわかんねぇんだよ、アイツ」
 そんな俺の言葉に、シゲもふと笑いを止め真顔になって。
「そりゃあ、いろいろあったしな」
 そう言った。

 それは言われたとおりで。
 ――俺とアイツは、俺の武蔵森編入騒動や選抜で、何かと衝突した。
 だから、なんとなく簡単には信用できない。
 そう思っちゃいるけど。
 …だけど。
 
「ま、ええけど」
 俺の心中の察してか、シゲはそう軽く言ってくれた。そして微笑まれる。俺もそれに笑って返す。
「ま、もうしばらくは、我が輩は猫である。名前はまだない…ってことやな、お前は」
 膝の上の猫にシゲはそう言った。その口調や撫でる手は酷く優しく。
「あんまり甘やかさないほうが良いんじゃないのか?」
 俺は思わずそう言っていた。
「…そりゃ、俺のセリフやないか、いつもの」
 苦笑してそう返してくるシゲ。 

「じゃ、帰る」
 そう言って立ち上がった。
「ああ、またな」
 見送られて、寺をでる。子猫はそのシゲについてきていた。
 俺は数歩歩き出して振り返った。「なんや?」と言う顔で俺を見るシゲに
「…そいつ、さっきお前が言っていた名前でいいと思うぜ」
 そう言って。くるりと踵を返した。
「じゃあな」
 振り向かないままそう言って、俺は足早にその場を去った。


 その背中を見送ってシゲは猫に言った。
「つーことやで、みかん」
 その顔には笑み。
 ニャーと返事をするように、猫が鳴いた。


 ・・・・・

「…って。なんでアンタがここにいんだよ」
 部屋に入るなり俺はそう言った。
 家に帰ったところ、「お客さま」と母親に言われ応接間に行けば、待っていたのはさっきシゲと話していた人物、三上。
「悪ィ?他に連絡の取りようもねぇんだし」
 ――電話しても良かったけど、それじゃアンタ、出そうにないし。
 三上はそう言った。それに軽く睨んで、
「で、何の用だよ」
 俺はそう言った。
「つれないね、あんなことした仲なのに」
 三上はニッと笑って言う。
「…っ、あれはお前が勝手にっ」
 そう強く返す。カッと体温が上昇するのが自分でもわかった。
 と、三上はふっと真顔になって。
「なかったことにするつもり?」
 などと言う。
「は?」
 …何を言い出すんだと、俺は彼の顔を見つめた。
「俺、さ。何でお前にあんなことしたのか良くわかんねぇんだよ」
 三上は俺を見ずにまるで独白するようにそう言った。そして、そこで言葉を切るとようやく俺を見て
「でも、忘れられねぇんだ」
 そう言う。
 ――真っ直ぐな視線で。
 俺はそれに酷く動揺した。

 …何を言っているんだろう、コイツは。
 そして、どうして、そんな顔で言うんだろう。
 からかいだとしたら、タチが悪すぎる。

 そして、されるがままにしていると不意に強い力で引っ張られ、俺は三上に抱き込まれる形になった。
「三上!」
 俺は叫ぶ。

 ――そんな、悲愴な顔見せないで。
 …回されたこの手が振り払えないじゃないか。
 そう。振りほどこうと思えば振り解けるはず。そりゃ体格は負けるけど、俺だってヤワじゃない。だが、それが出来ない。
 その三上の表情の所為で。

「多分好きなんだ、水野」
 三上はそう言った。
「え?」
 俺は三上を見つめた。視線が絡む。
「俺自身よくわかっちゃいねぇよ。けど、お前が気になって仕方なくて。で、こうしてると気持ちよくて」
 ふっと、溜息混じりに彼は言った。
「…」
 俺は言葉がでなかった。ただ三上を見つめ返すことしか出来ない。
「なぁ。お前は?どうなんだよ」
 その三上の声はあまりに切なくて。
「……嫌じゃない。嫌いじゃ、ない。多分」
 知らず俺はそう返していた。

 そうだ。
 あの雨の日に見た三上の意外な一面。
 …ずっと忘れられなかった。気になっていた。
 そして、もっといろんな表情を見てみたいと思った。

 …多分。

 それがどんな名前の気持ちで、何処へ行くのかなんて、まったくわかっちゃいないけど。
 恋とか愛とかそんな言葉は嘘なのかもしれないけど。
 それでもこうしていたい、というような気持ちがあって。

 気が付けば、俺の腕は三上の背中に回されていた。


 でも、振りほどかない――。 


 ・・・・・ 

「…で、今度はどこに引きずっていくつもりだよ」
 日曜の朝、家に現れた三上をそう一蹴した。
「とかいう癖に、ちゃんとついてくるんだよな」
 ニヤっと笑って三上は言う。
「…うるさい」
 そう返したって、顔が赤いのはバレバレなんだろう。
「ほら、行くぞ」
 そう言って、すっと手を伸ばしてきたかと思うと寄っていた俺のパーカーのフードを直した。その三上の顔には穏やかな笑み。
 二人並んで歩き出す。

 そう、いつの間にか、三上は俺の側にいるようになった。
 俺はそれをごく自然なことのように受け入れていた。

 …シアワセって、こんなものかもしれない。
 そう思いさえしていた。


 だけど、俺はきっとどこかでこうも思っていた。
 ――本当に信じて良いのだろうか、と。


 ・・・・・

 ある晩。
 家に帰った俺を門のところで待っていた人間がいた。
 それは三上ではなく…。
「藤代?なんでお前ここに?」
 俺はその人物にそう訊いた。
「まぁね。遊びに」
 藤代はその独特の笑顔を見せてそう返す。そして言った。
「ちょっと話があったんだけど」
 笑ってはいたけど、その表情の裏に隠されている、真摯な眼差し。…痛いほどの。
「何?」
 そう返した自分の声が固いのに気が付く。
 胸騒ぎ。


 それは予感。
 複雑に絡み出す糸を、止めることはできないだろうと――。

to be continued...

(Up 2001.02.25)

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