I'll be






 全体練習後のサブグラウンド。夕焼けに染まったボール、その影の長さに季節が少しずつ秋へと向かおうとしていることを思い出す。そして、またそのボールを蹴りだす。季節は夏の終わり。先輩たちは新たな大会に向けて、まだ練習している時間だろう。高等部に上がって控えになった俺も来年は、いや冬の選手権にはそうなっていると、そう思い浮かべてまた一つボールを蹴る。描かれる放物線。でも、まだその弧に納得がいかず、また蹴り出す。イメージを膨らませて、もう一度。…そういえば、あいつはどんなフォームだったっけ。思い出して、ボールを擦るように蹴りだす。記憶通りの弧を描いて、ボールはネットに突き刺さった。
「三上、ほどほどにしておけよ。疲労が溜まるぞ」
 不意に声を掛けられて、振り返る。後ろにはレギュラーの練習を終えた渋沢が立っていた。既に着替えて帰るところのようで、いつの間にかそんな時間が経っていたのかと我に返る。
「ああ、もう止める」
 そう首にかけてたタオルで顔を拭いながら俺が答えた時、渋沢の後ろから藤代の
「ちょっと、渋沢先輩待ってくださいよ。俺、ずっと待ってたんですから」
という声が聞こえた。それに、やれやれ高等部まで押しかけられるのも大変だなと思いながらも、久しぶりに聞いた藤代の声がちょっと懐かしくて、さっさと上がってこねぇかななどと、口が裂けても言えない事を思ってみたりしていた。俺がそんな感傷に浸ったことを内心苦笑している間も、藤代は渋沢に何か話しかけている。
「だから、俺行って来ようと思うんですよ、水野のところに」
 急に出てきたその名前に、俺は驚き二人の方を見てしまった。何故ならそれはさっき思い出していたフォームの持ち主だったから。そんな俺の様子に渋沢は気付いたらしい。なんとか藤代をなだめようとしたのだが、そんなことでごまかされる藤代でもなかった。…まぁ、渋沢も気にしすぎだとは思うのだが。だから、俺はつい、
「何の話してんの?」
 そう自分から藤代に訊いてしまっていた。すると、藤代は話し相手が出来たのが嬉しいのか、
「水野がウチに来る話、迷ってるって言うんっスよ」
と、話しかけてきた。それを渋沢がたしなめる様に、
「だから、それは水野が決めることで、お前がどうこう言うことじゃないだろう」
 そう藤代に言った。その会話を聞きながら、
「ふーん、迷うこたねぇのにな」
 俺は思わずそう呟いてしまう。それに、きょとんとする渋沢と藤代。てっきり俺が怒るんじゃないかと思ってたのだろう。二人のぽかんとした顔が面白くて俺はクツクツ笑いながらも、
「そうだ、藤代。片付け手伝え。渋沢、悪ぃけど俺のカバン持ってって」
 俺は二人にそう言った。
「えー?」
 口を尖らせ不貞腐れる藤代。だが、構わず
「先輩命令だぜ」
と俺は言い、強引に手伝わせる。文句をぶつくさ言ってしぶしぶ手伝いながらも藤代は
「代わりに今度俺の練習も手伝ってくださいよ。最近張り合いなくって」
 などと言うので。俺は苦笑しながら頷く。
「良いぜ、今度な」
 片付けが終わってクラブハウスを後にした時には日はもう沈んでいた。

 その夜。宿題も済ませ、俺はベッドに寝転んでぼーっとCDを聴きながら考え事をしていた。思い出した水野のプレイ、藤代の言葉。自分の考え、思い。そして、決心した。幸い明日はオフだ。俺はばっと起き上がって付けていたヘッドホンをはずし、部屋を出て渋沢の部屋を訪れた。幸い同室者は外しているようだった。
「悪い、予習の途中なんだ。何か用だった?」
 渋沢は申し訳なさそうに俺に詫びた。
「ああ、別に大した用じゃないからさ。続けろよ」
 そう答えながら、勝手に座り込みくつろがせて貰い、目に付いたテーブルの上の本――サッカーのルポ小説みたいだ――をぺらぺらとめくって斜め読んでみたりする。
 渋沢はその間も熱心に教科書に向かっているようだ。その背に、俺は呟くように問いかける。
「なぁ。俺、行ってきて良いか?」
 すると渋沢は手も止めず、こちらを振り返りもせず、
「ああ」
と、一言だけ答えた。俺が、何処へとも何をしにとも言っていないのにだ。元々そう言う、人の心を読むようなところがあるけれど。
「…何で何も訊かねぇんだよ」
 俺がそう言うと、渋沢はようやく手を止めて振り返ってこう言った。
「俺に行っても良いか訊くってことは、水野にウチに来るよう勧めに行くってことで、それなりの覚悟もあるってことだろう。それを俺はとやかく言えないよ」
「何もかもお見通しか」
 まったくもって渋沢の言う通りだ。苦笑しながら俺はそう答えた。すると、
「それ位読めないと、GKは務まらないさ」
 そんな冗談を言って渋沢は笑みを浮かべ、また予習に戻った。俺はそれを見て立ち上がりながら言った。
「サンキュ」
「…どういたしまして」
 そう言って微笑んだ渋沢にニッと笑って返して、自室へと戻った。



 翌朝、俺は外出届を出し寮を出た。敷地を出て道を少し歩いたところで、
「三上先輩、どこ行くんです?」
 後ろからかかった藤代の声に、ついてないと思った。誰にもバレないように行くつもりだったのだが。…何で同じ日にオフじゃなんだよ、こんなことなら遠回りしてでも松葉寮の前を通るんじゃなかったと、内心悔やみながらも、とりあえず言ってみる。
「どこだって良いだろ。つーか、お前こそ」
「俺は水野のところッスよ」
 あいにく、行き先まで同じと来てる。チッと舌打ちをして藤代を睨む。と、そこへ渋沢が現れた。恐らく、数少ないオフに藤代も同じことを考えるだろうと、気を回してくれていたのだろう。
「行って来いよ、三上」
 それは助け船だった。
「…ああ、行って来る」
 俺はそう言って、藤代を振り切るようにして走り出した。藤代も追いかけようとしてきたが、渋沢に止められたようだ。渋沢に感謝しながら、俺は桜上水へと急いだ。

「ちょ、ちょっと渋沢先輩?!」
 渋沢に首を捕まれて藤代は抗議した。が、渋沢は穏やかに言った。
「藤代。残念だがお前より三上の方が話が出来る」
 そんな言葉に藤代は首を傾げて
「どういうことッスか?」
と渋沢に訊く。だが、渋沢はそれには直接答えず逆に藤代に訊いた。
「誰かに置いていかれる気持ち、お前に判るか?」
 その渋沢の言葉に
「うーん?」
と藤代はしばらく考え込んで、それでもやっぱり判らないと言った顔で、渋沢を見る。
「だろ?」
 渋沢はそう言って微笑んだ。が、それでも藤代にはどこか腑に落ちず、更に訊く。
「じゃ、三上先輩ならアイツの気持ち、水野の気持ちが判るって言うんですか?」
 それに渋沢はうなずいた。そして、少し遠い目をして言った。
「理解することが出来る。それに、三上はどうしても水野と戦いたいんだ。同じフィールドで」
「それは俺だって同じッスよ」
 それは幼い頃のジュニア選抜、更に都選抜で共に戦った、水野のパスに刺激を受けた藤代の至極当然な思いだ。だが、それを言った後で、渋沢の言葉の意味にふと気付いたらしい。
「って、変ですね。三上先輩と水野じゃ同じポジションじゃないですか」
 すると、渋沢はニコリと笑って言う。
「だからだよ」
「…ああ!何か判るような気も」
 同じポジションを争う、自分の座をも脅かす存在だからこそ、切磋琢磨できる、と同時に同じポジションにしか判らないものを分かち合える仲間でもある、それがライバル。真田や自分、そして風祭と自分の間にあった感情を思い出して藤代はそう答えた。
「だろ?それに、あの二人似てるしな」
 渋沢はそう言って笑った。それにつられるように、藤代も
「そうッスね」
 そう言って笑った。そして、ふと思い出して言う。
「あー、じゃあ暇っスね。先輩遊びに行きましょうよ。俺、踊る大捜査線THE MOVIE観たいっスよ」
「付き合っても良いぞ、本屋には寄りたいが」
「やった!」
 そう話しながら外へ出る二人。見上げた空は高かった。


 ・・・・・

 母親に客だと告げられ、降りていった居間。思いがけない人物の来訪に俺は戸惑った。
「三上?」
 そこで、ソファに寛いだ様子で遠慮なく足を組んで、恐らく母が出したコーヒーを啜っているのは紛れもなく、武蔵森の元10番で。
「よう、久しぶり」
 そう親しげに言われたところで、つい警戒心を抱いてしまうのは俺に多少の後ろめたさに似たものがあるからだろう。
「何の用だよ」
と、訊いてはみたものの大体の見当はついていた。俺が武蔵森に行くか行かないか迷っている話だろう。うっかり迷っているなどと他人にこぼしたから。シゲから何故か時々桜上水辺りに来る藤代に伝わって、藤代と渋沢で話してたところ聞いてしまったのだろうと俺は推測する。
「藤代が言ってた。お前が武蔵森に来るか迷ってるって」
 三上はそう言った。やっぱりと自分の推測に苦笑しつつも次の言葉に身構えたのだが、しかし、次に続いたのは意外なもので。
「来ないのかよ」
 ぶっきらぼうに言われたその言葉に、てっきり来るなと言われるものだと思いこんでいた俺は驚いた。だが三上は俺のその驚いている様子に構いもせず、むしろ何かにイラついている。
「何が引っ掛かってるんだよ?」
 でも、多分三上は判って訊いているだろう、俺が一体何に迷っているかは。だけど、それを口に出来なくて、俺が答えないでいると、三上は組んでいた足を正してこう言った。
「俺はお前と戦いたい」
 その言葉は決然としていて。それに気圧されて、俺はまた答えられなくて、長い間があった。三上はコーヒーカップにまた手を伸ばし、中身を啜りゆっくりと俺の答えを待っているようだった。それに対して、
「…それがお前のポジションや背番号を奪うことになっても?」
と、俺がようやっと言えたのはそんな言葉だった。それを聞いて三上はニヤッと笑って、また足を組むと続けた。
「相変わらず大した自信家だね、坊ちゃんは。あの時は俺がかなり動揺してた。今なら判らないぜ?――それに」
「それに?」
と、俺は続きを促した。だが、三上は突然全くもって予想外なことを言い出した。
「お前、ワールドユースの試合観てないか?」
 振られたその言葉に驚くと共に、見ていたがあまり覚えてはいないと答える。すると、三上は真剣な眼差しになって、こう説明してくれた。
「注目すべきシステムはW司令塔。どちらもトップ下で、ポジション的には被るがプレイスタイルが違った。片方は創造性豊かでパサー。片方はどちらかといえば堅実な組み立て派。それが良く合っていて、二人の選手は互いを認め合ってた」
 そう、三上は言う。聞いているうちに思い出す。どちらもその年代では有名なJリーガーだ。そして、都選抜の郭と自分との関係もそれに近いかと思った。そう答えると、三上は、渋沢達から聞いていると、さらりと答えた。
「だから、そういう手だってあるし。俺は必ずしも10番で無くても良い」
 これまであったイメージから、あまりにも意外なことを立て続けに三上は言う。以前の確執を考えれば出てこない言葉だ。
「どういうことだ?」
 俺は真意を問うた。すると、三上はなんてことないといった表情でこう答えた。
「試合に出て勝つことが何より。番号なんてその後さ」
 そんな風にきっぱりと言ったその表情がいっそ眩しいほどで。第一印象とは全く逆のものを覚えて俺は再度驚かされる。
「…プライド高い武蔵森の司令塔が良くそこまで言えるな」
 いっそ呆れてしまうくらいの三上の言葉に俺は思わずそう溢してしまう。すると、三上は、
「ただあることだけでそれが枷となってしまうようなプライドだったら、俺はもう要らない。あの時思い出したんだ。俺はただ自分のプレイに誇りを持っていたい。それが今の俺のプライドさ」
と言うと俺をじっと見てきた。その、黒い瞳の強さにはっとさせられてしまう。
「…だったら、俺なんかが入ったら余計邪魔だろう」
 辛うじて出た言葉はそんなものだった。すると三上はぽつりと言う。
「そう気が付いたのは、あの後だから」
 そしてまた、俺を見て言った。
「お前が思い出させてくれた。とまでは、まぁ言わねぇけど」
 そう言ってニヤリと笑った三上。そして、また表情を変えた。くるくると変わる表情に俺はついていけないくらいだ。
「俺はお前と戦いたい」
 三上はもう一度そう言った、はっきりと。
「置いていかれる者の気持ち、お前、よく判るだろう?」
 補欠で入った風祭が大きく成長したこと。トレセンでかつての旧友と戦ったことも。彼らとの道はもう、大きく離れてしまったことも。…三上は全て知っていると言う。
「でも…」
 俺は言い淀む。すると三上はずばり言う。
「風祭の怪我のことか?」
 その言葉にはっとして、どうして?といった風に三上を見た。
「聞いてないか。渋沢はあいつが武蔵森に居た頃から、そして辞めた後まで気にかけていた。そして、俺もそれを見ていた。名前までは覚えてなかったけど、あそこで必死に上がろうとしてたのは俺も同じだから、自分を見てるようだったさ。だからよく知ってるし、その後トレセンでの怪我の事も聞いた」
 三上はそう答えた。…そう、武蔵森。それは、かつて一度推薦で受かっておきながら放棄した場所。父が監督を務める場所。そして、風祭がいた場所。あの現場にいた何人もが所属している場所。
「誰もがお前の所為だとは言わない。それで余計に自分を責めているのか?」
 図星だった。
「……」
 俺は答えられずにいる。
「誰も言わないんだから、それで良いじゃねぇか」
 三上は何ともない、といった表情でそう言った。それを聞いて、
「なんでアンタがそんなこと言えるんだ。何も知らないで…」
 不意に怒りがこみ上げてきた。
「じゃあ、何だ?武蔵森行かないで、他にどこ行くんだ?…当然オファーはいくらでもあるんだろうがそっちに行く気はほとんどねぇ癖に。だから迷ってるなんて言うんだろ」
 それは三上の言う通りで、ぐっとつまる。確かに、他にあったオファーを色々と考えても見たが、やはりどうしても武蔵森と比べてしまっている自分がいた。そう、思い返していると唐突に三上がこう言った。
「怪我させたのは申し訳ないと思ってる。けど、あのプレイは最高だった」
「え?」
 俺は顔を上げた。
「そして、最高の目標――ターゲット――を自分で失ってしまったことが悔やまれてならない」
 ――三上が言ったその言葉は、判っていて認めたくなかったこと。自然と拳が握られていた。そしてそれは震える。
「…それがお前の本当の気持ちだろ?」
 三上は更にそう言って俺を見つめてくる。その黒い瞳が揺るぎなくて。きっと俺が自分で判っている以上にコイツは判っていて。
「なんでっ!…っ、なんで、そんなに判るんだよっ!お前にっ!!」
 一番親しい筈のシゲとさえ、共犯者のようであの話は出来ないでいるのに、親しくも無いはずの人間に理解されてたまるかという悔しさ。その一方で、理解されたことへの安堵感。二つの感情に俺は板ばさみにされる。
 と、そこで、三上が俺の「何故」に答えてきた。
「何故って。――俺の今の目標がお前だから」
 三上はそう穏やかな表情で言った。その言葉は毅然として、先程の言葉に反論しようとした俺はそのまま黙ってしまう。そこに三上は続けて言う。
「…なぁ、一緒にやってくれる気はないか?」
 それは穏やかな言葉でありながら、切実な思いが伝わってきて。
「俺はお前に置いていかれたくはない。お前が置いていかれたようにはな」
 その言葉に俺は思い知らされた。…ああ、そうなんだ。こいつも同じなんだ。甦る記憶が俺を苛む。風祭も最初は必死で俺やシゲを追ってきていたっけ。でも、それはいつしか逆になり、風祭は急激に伸びた。そして、それに刺激を受けたシゲもまた誰も追いつけないところにまで成長した。では、俺は…とどれだけ反芻してきただろう。そして、それから解放されて何かが見えた、その時。風祭は…俺が……。
 必死で堪えていた涙は、もう限界にまで達していた。ぼやける視界。三上は見ない振りをしてくれている。
「俺相手じゃ物足りないってんなら、仕方ねぇけど。俺だってあれからなにもしてねぇわけじゃない」
 三上はそう言った。
「…ああ、見てた」
 俺は答える。そう、2年の夏の大会。決勝戦での三上のプレイは誰をも唸らせるものがあった。
「あれじゃ、不満か?」
 三上は言う。
「親父の戦術に合うか知らねぇぞ」
 俺はそう返す。
「そんなの、力を見せつけてやれば良い」
 三上が再び返す。
「…アンタだって相当の自信家じゃないか」
 そう言って、さっきのやりとりを思い出して俺は笑った。
「テメェぐらいにはな」
 三上も笑って返してきた。そして、また真剣な眼差しになる。
「――来いよ、水野。待ってるだけじゃ嫌で俺は今日来た。出来ればそれに応えて欲しい」 そう言うと三上は立ち上がった。そして、ドアへと向かう。その背中に俺は答えた。
「今すぐには無理だ。…でも、そのうち」
 そう言うと三上はニッと笑って振り返って。
「来いよ?」
 そう言って俺の返事も待たずに立ち上がると、三上は帰っていった。テーブルに残されたコーヒーカップは冷えて空だった。


 かくて、数ヵ月後。武蔵森の推薦入学のテストに、水野は颯爽と現れその実力を見せ付けることになる。


 ・・・・・

 練習の合間。照りつける陽射しと転がるボールの影の短さに夏の到来を感じる。激しい汗に喉の渇きを感じて水分を補給していると藤代が近づいてきて、
「で?一体あの時三上先輩は何を言ったんですか?」
と、水野を誘った時の話をしてきた。
「んなことテメェには教えねぇよ」
 まったくもって、あれから随分経っても、藤代は詳しい話を教えろと煩い。…思い出せばかなり照れくさいことを言った記憶もあるのだが、あの時はただ必死だった。だからこそ、水野にも気持ちが通じたのだろうと思うのだが。俺にしつこくせがむ藤代だったが、藤代ー、と誰かに呼ばれ
「じゃね、三上センパイ」
と言って去っていく。その後ろ姿に
「ヘイヘイ」
 などと適当に返してるそこへ、後ろに誰か立った気配を感じた。
「三上センパイ」
 水野の声に、俺は振り返る。
「コーチが呼んでる」
と水野は言い、自分も水分を補給すると俺と共に走り出した。
「…多分、アレ試す気だと思うぜ?」
 呼ばれたのと、受けた指示から察したのか水野はそう言った。
「そうだな、次の練習試合の相手のシステムには有効だもんな」
 ニッと笑って見せると、水野も同じ表情を送り返してきた。
 実績、そしてテストで見せ付けたその実力をもって、入学してすぐに一軍になった水野。負けられないと、俺も守備力もあり少し下がり目やサイドも出来ることなど、最大限のアピールをし、色んな試合の映像を見て研究もした。その努力は実って、俺は10番でこそなくなったが、同じMFとして、共にピッチに立っている。
 水野が察したところは的中し、ゲーム形式で行われた練習に、新しいシステムで臨む。W司令塔。俺と水野は目配せし、頷き合った。二人とも、その口の端は上に上がっていた。コーチの笛がキックオフを告げ、ボールが蹴りだされ、俺の足元へ辿り着く。俺はそれをワンタッチで相手を見ずに蹴る。弧を描いたその先に、きっと水野は居るだろう。

 ――届けこの思い、ボールと共に。
 

2006.02.04 UP
(2007.01.28 改稿)
BGM:Mr.Children;I'll be