Takeoff
…明日に向かってテイクオフ
平日夜の空港はそんなに混んでいなかった。スムーズに手続きを済ませて出発ロビーにたどり着く。 ――そう、俺達、選抜チームはヨーロッパへの遠征のために、今夜の便で旅立つことになっているのだ。 フライトを待つラウンジではU-14の3人組や、飛葉中の連中、それぞれ親しい仲間同士で話をしている。風祭も椎名達のところにいる。 …そんな中で俺は一人、やや離れたところに座っていた。 「水野!」 聞き慣れた声に呼ばれ俺は振り返る。 「藤代」 そこにあったのは武蔵森のエース藤代誠二の顔。 「お前、席どこ?」 なんて言うなり藤代はひょいと俺が手にしていた搭乗券を奪ってしまった。 「こら、返せ」 そんな俺の言葉を聞かない振りして、藤代は自分の搭乗券と俺のを比べている。 そして言う。 「やった、俺の隣だね」 そう、にっこりと笑って。 「そうなのか?」 俺は確かめる。 「ほら」と言って藤代は自分の搭乗券を見せる。…たしかにそうだ。 そして、藤代は俺の座席の番号を見てこうも言った。 「水野、窓際の席だね」 そう言っている間に藤代の手から搭乗券を取り返し、 「へぇ、良くわかるな」 と俺は言う。すると藤代は 「…乗り慣れてるからね」 なんてさりげなく、凄いことを言う。…多分、無意識。無意識でも絶対な自信があるってことか。 それが藤代らしくて、俺はくすっと笑った。 「藤代」 ふと横で声がした。 「渋沢先輩」 渋沢だった。微笑みかけられ俺も軽く会釈した。 「先輩、席離れちゃいましたね」 藤代がそう言うのに 「まぁ、そういうこともあるさ」 と渋沢は苦笑して返す。 そこにちょうどアナウンスが入った。 見れば、向こうの方では椎名、風祭たちが、手を振っている。 「そろそろ搭乗開始だよ。行こうか」 渋沢はそう言う。 「はい」 と返事をして立ち上がる藤代。俺もそれに続いて立ち上がった。 ヨーロッパまでのフライトは長い。夜を挟んで12時間ある。 その中で狭い座席で眠るのはなかなか慣れないものだ。 仕方ないので読書灯をつけ、機内に持ち込んでいた本を読むことにする。 「…眠れないの?」 ふと眠っているとばかり思っていた隣席の藤代が声を掛けてきた。 「悪い、眩しかったか?」 俺はそう訊いた。 「いや、それくらいどってことないけど」 寮生活じゃ、似たようなことは結構あるし、と言う藤代。 「…水野には向いてないよね」 確かに、ひょっとすれば武蔵森に行ったかもしれないのだが、やっぱり行かなくて良かったと思っている。 …他人に踏み込まれるのはイマイチ苦手だ。 「まあな」 自覚があるだけに、苦笑せざるをえなかった。 「でも、そのおかげで、水野と思いっきり戦えたし」 藤代は言う。にっこりと笑って。 「勿論、一緒に戦ってみたいなとも思ってたけどね。だからこういう形で一緒のチームになれたのは嬉しいな」 それは俺もまったく同じで。 「ああ」 と俺も笑って頷いた。 「…そうだ、水野いいもん見たくない?」 突然、藤代はそんなことを言い出した。 「は?」 俺はきょとんとしてしまった。それにも構わずに 「そこ、ちょっと開けてみて」 と言って、藤代は窓を指差した。寒かったのでブラインド――正しい名称は知らない、は降ろしてある。それを開けろと藤代は言うのだ。その通りにちょっと開けてみる。 「外、見えるだろ?」 藤代がそう言うので目をこらして、窓ガラスの向こうを見る。 と、そこにあったのは… 「凄い…」 思わずこぼれた声。 そう、 ――満天の星。 …プラネタリウムが子供騙しにしかみえないくらいに、星で溢れている。 「やっぱり高度1万メートルは違うよね」 すっかり星に魅入ってしまっている俺に、藤代はそう言った。 そして星空を見続けている、その時。 「あ、流れ星」 俺は言う。 「…願い事した?」 藤代が訊いてきた。 「間に合うわけないじゃん」 俺は苦笑してそう返す。 「俺はしたけど?」 そんな風に藤代は悪戯っぽく言う。 「何を?」 俺は聞いてみる。すると、藤代は 「水野が眠れるように」 などと言った。 「…は?」 試合に勝つことじゃないのか、と俺は言う。 「だって、それは当然のことだから。俺がそうさせる。そのためには水野に充電して貰わないといけないだろ?」 「…言ってろよ」 俺はそう言って苦笑した。そんな俺に藤代は 「水野」 と名を呼び、くいっと引っ張り俺の頭を肩に預ける形を取らす。驚いて 「お前、何を…」 と言いかけた俺の唇を人差し指で塞いで、藤代は 「この方が眠れるんじゃない?」 と言った。 …まぁ確かに。多少、楽な体勢ではあるのだけど。 「良いじゃん。それよりしっかり眠ってくれなきゃ」 藤代はそう言ってにっこりと微笑み掛けてきた。 …ああ、この笑顔には敵わない。 「藤代」 俺は彼の名を呼ぶ。 「何?」 藤代が聞き返してくるのに。 「おやすみ」 と、言いたいことはいろいろあったけど、俺はそれだけ言って目を閉じた。 「…おやすみ」 藤代がそう返すのを聞く。 触れている藤代の温もりに安堵したのか、急に眠気が襲ってきた。俺はそれに身を委ねる。 ――夢の世界へテイクオフ。 そしてふたり、明日の夢を見る…世界に羽ばたく夢を。 (Fin) |