SURREAL

…どの貴方も貴方だけど、そのままの貴方でいて欲しい。



 選抜合宿が終わった。
 結果は…まあ、改めていう必要はなく。
 皆で帰路についた。
 ただ、電車に乗っていても、三上先輩だけは離れたところにいて。
 …俺はそれに気付かないふりをした。

 隣に座っている渋沢先輩と話をする。
 新しい選抜メンバーは楽しそうな連中ばかりだし、
 あの上水の水野や風祭もいて、これからが楽しみだ。

 だけど、
 その中に三上先輩はいない。

 ――そういう世界だから仕方はないんだろうけど。
 
 ちらりと様子をうかがえば、ひとり車窓を見つめている三上先輩。
 そんな先輩を、夕日が照らしていて。
 …どうしようもなく寂しそうで、俺は見ない振りをした。


 ・・・・・

 寮についたころにはもう日はすっかり落ちていた。
「おかえり!どうだった?!」
 と玄関口に殺到するチームメイト達。皆結果を知りたがった。
 すると。
「あー、俺ダメだったわ。俺以外はみんな受かったけどな」
「ま、良いとこまで行ったんだけどな」
 などと笑って三上先輩行った。そしてさっさと歩いて自室に戻っていく。
 チームメイト達は残った渋沢先輩に色々訊いていた。

 だが、俺は今の三上先輩の様子に。
 …何か、苛立った。
 
「よかったな、誠二」
 気が付けば笠井が横に来ていて、そう言ってくれた。
「ああ、うん!そりゃ勿論!」
 俺は取り繕うように笑って、返した。
「…どうかした?あ、ひょっとして三上先輩のこと?」
 僅かな俺の変化に気が付いたらしい、竹巳はそう言った。そして核心をつく。
「ううん、何でもないけど。あ、もし部屋に戻らなかったら代返頼む」
 俺はそう言って走り出していた。
「って、誠二?」
 …後ろで竹巳が呼ぶのも構わず。


「三上先輩!」
 部屋に荷物を放ると、階上の先輩達の部屋に、バンっと飛び込んだ。
「うるせーな、ノックぐらいしろ」と三上先輩が言うより早く、
「渋沢キャプテン!借りてきますからね!!」
と宣言して、三上先輩の腕を掴んだ。
「ああ」と頷きながらも、あっけに取られている渋沢先輩を置いて、三上先輩を引きずって部屋を出た。
「…何だってんだよ、藤代」
 周りを気にしてか、それとも呆れてかいつものように怒鳴りはせず、そうやって先輩は訊いてきた。でもそれを俺は無視した。そのままズンズンと歩いて空き部屋へと連れ込み。
 そして、部屋のドアをしめ鍵をかけたところで、先輩をベッドへと押し倒した。
「何のつもりだ」
 組み伏せられた体勢でも、俺をキッと睨んで低い声でそう言う先輩。
 でもそれさえも、あの車内の様子を見てからじゃどこか虚勢じみていて。
「…どうして、そんな風にしていられるんですか」
 俺はそう言っていた。
「全然平気じゃない癖に。ショックで仕方ない癖に。傷ついてない振りするのなんて余計に傷つくだけじゃないっスか」
 そう続けた。

 その言葉を受けながらも俺を睨み続ける先輩。
 ――沈黙。
 …先輩がはめたままの腕時計の音が聞こえそうなほどだ。

 やがて。
 ふっと溜息をついたかと思うと、先輩は笑った。…いや、嗤った。そして口を開く。
「お前に、俺の気持ちなんて一生わからねぇだろうな」
 そんな風に嗤いながら言っていても。
 その黒い瞳は揺れている。
「わかりません。わかりたくもない。…わかったら、俺は俺じゃないっスよ」
 俺はそうはっきりと言い返した。
 その時、ふっと先輩が怯んだ。
 俺はその隙をついて、唇を重ねる。そして唇を離したところで、
「そしたら三上先輩、アンタを、守ることができなくなるでしょう?」
 そう言って、微笑んだ。

 …先輩はもう何も言わなかった。 


 ・・・・・


 うとうとと微睡み始めたところで、先に眠っているとばかり思っていた先輩が何かを呟いた。
「お前、眩しい、目が、眩む…」
 一節ごとに区切られたその言葉。
 俺はその意味がはっきりとはわからず、訊きかえそうと呼ぶ。
「先輩?」
 先輩は俺に背を向ける形で寝ている。
 そして、また呟いた。
「眩しくって目が痛い…」
 気が付けば枕が濡れている。

 …先輩は泣いていた。
 そして、それを知られまいとしていて。 

「三上先輩」  
 俺はそう呼んで、半ば強引に先輩の肩を掴みこちらを向かせた。
 その頬には幾筋も涙の流れていて。長めの睫毛も濡れたままで。
「今だけだ…」
 先輩はそう言った。
「…わかってます」 
 俺はそう答える。
「今だけ…」
 そう言って俺の身体に腕を回す先輩。

 胸を濡らす、先輩の涙は熱くて。
 声を殺して泣くこの人は、あまりにも頼りなげで。
 いつもの罵声や、皮肉が嘘のようで。
 いや、今この腕の中にいる方が嘘なのかもしれない。

 …その方がいい。



「藤代、てめぇいい加減にしろよ!」
「先輩が悪いんスよ!」
「やめないか、二人とも…」
「…厭きないんですかねぇ、毎日」
「んだと、笠井!」
 ――そして、皆がくすくすと笑い出して。
『笑うな!』
 二人の声がハモって、もう最後は一緒になって笑ってて。
  
 そんな毎日の方がいい。 



 …だから。
 明日には元気になって、また俺を怒鳴ればいい。
 
 俺は腕の中で眠ってしまった先輩を抱いたまま、そう思った。 

 ――窓の向こうは月。 

(Fin)

20010108 UP