バックスタンドの風景

たまにはこういうのも良いかもしれない…なんて。

『なんでアンタ・お前がここにいるんだよ』
 …その声は綺麗にハモってしまった。
 そして二人溜息を吐く。

 場所は土曜の新横浜駅。 

 一応二人は顔見知りなわけで、まったく声を掛けないと言うのもおかしく。
 …もっともお互いに気が付かなければ知らない振りもできたのだろうが。
 制服だったせいでわかってしまったのだ。
  
「で、どこに行くんだよ、水野竜也」
 そう三上は訊いてみた。すると水野は
「どこに行くんですか?三上先輩は」
とにっこりと、でも裏のある笑みで逆に訊いてくる。 
 しかし答えるまでもなく二人は同じ方向に歩いているので、お互い薄々わかってはいた。
 新横浜を出て北に歩くと言えば、横浜国際総合競技場しかない。今日はアリーナで何かあるとは聞かなかったから。
「…お前、どっち側」
「は?」
 突然の三上の言葉に水野はキョトンとした。
「席」
「ホーム側」
「ふーん」
「アンタは?」
 逆に聞かれて三上は嫌そうな顔をしながらも答えた。
「横浜。…ったく、こんなことならまだ柏の葉に行くんだった」
 後半は呟きだった。

 そのまま二人、黙ったままで北ゲートへ向かって歩いていった。


 ・・・・・

 …そもそも三上は横浜の試合など観に行く気はなかったのだが、チケットを譲られ「なら行くか」と出てきただけなのだ。
 
 数日前のこと。
 消灯時間前に部屋にやってきた藤代は三上と渋沢にあるモノを差し出して言った。
「このチケット、余っているんですけど貰ってくれません」
 それは土曜・横浜国際であるJ1のチケットだった。
 渋沢はその時間を見るなり
「すまん、委員会だ」
 と答える。
 そして二人は三上を見た。
 確かに行ける時間帯ではあった。だが…
「…俺、別に横浜は興味ねぇんだけど」
 三上はそう答える。
「でも、俺行けなくなちゃって」
 藤代はそう言う。それに渋沢はピンときたらしい。
「…居残りか?」
 それに藤代はヘラッと笑って答える。渋沢は少し渋い顔をして「教科は?」と問う。
「数学」
 藤代はそう答えた。
「…お前、んなもん引っかかるなよ」
 数学が得意な三上らしい発言だった。すると藤代は
「だったら先輩教えてくれる?」
 そう訊いてきたので三上は思わずこう答えてしまった。
「それくらいなら試合観に行くぜ」
 …言ってからハッとする。
 案の定藤代は笑って
「じゃ、決まりッスね」
と言い、チケットを三上に押しつけ、風のように出ていってしまった。 
 
「……」
 チケットを持ったまま三上はあっけにとられている。
「藤代の方が一枚上手だな」
 渋沢はそう言った。
「…わかってんなら言え。つーかてめぇらグルか?」
 三上は渋沢を睨む。
 
 渋沢は笑っているだけだった。


 ・・・・・

 …で、その結果がこれ。
 何か仕組まれたような気がして仕方ない。
 気のせいだろうけど。

 横に座っている水野を見ながら三上は溜息をついた。
 そんな様子に勘違いしたのか
「そんなに柏が見たかったのか」
 水野が的はずれなことを言った。
「ああー、てめぇと一緒に見るくらいならな」
 そう三上は憎まれ口を叩いた。
「なら、違うとこ行けば?」
 …と言われたところで、良い席は既に埋まっている。
 水野もわかっていて言っている節があった。
 そう。せっかく横浜まで来て見づらいところにはいたくない。
 隣にいるのは可愛くないヤツだが我慢してやろうと三上は思う。
  
 ふと、そこで飲み物を買ってないことを思い出した。
 買ってこようと立ち上がりかけて、三上はこう水野に訊いた。
「俺、何か買ってくるけど。お前なんかいる?」
「え?」
 水野はやはりちょっと驚いたようだった。
 自分でもそんな親切を思いつくとは思わなかったのだが、わざわざ二人でいくのもなんだし、と思ってのことだった。
「じゃあ、アクエリアスか何か」
 そんな水野の答えに「わかった」と答え三上は立ち上がった。そして歩き出そうとして水野に呼ばれる。
「三上」
 三上は振り返った。「何」と訊く。
 すると水野はちょっと言いにくそうにしつつも、
「ありがと」
と言った。
 一瞬驚いたが「ああ」と頷いて三上は歩き出す。

 ――可愛いとこ、あることはあるんだな。

 そう思いながら三上は階段を上っていく。その表情は笑っていた。



 ちょっと混んでいた売店でようやく買え、席に戻れたのはキックオフ10分前。
 周りを見渡せば結構な人の入りだった。
「あいよ」
 席に座り、水野にアクエリアスを渡した。 
「どうも」
 そう言って水野は受け取る。
 そして二人ピッチを見つめる。
「今日はどうなんだろうな」
 三上はそう呟いた。
 するとちゃんと訊いていた水野は答えた。
「スタメンを見る限りは大丈夫だと思うけど」
 …実を言うと横浜はここのところの試合、ほとんどを落としている。
 それからの発言だろう。
「あ、マッチデー…」
 ふと三上は買ってないことに気が付く。
 すると水野が「俺、持ってる」と差し出した。
 そういえばスタジアムに入る前に彼が買っていたことを思い出した。
「サンキュ」
 そう言って受け取る。
 今度は水野がキョトンとした。

 それに気が付かない振りをして、三上はマッチデープログラムをめくっていった。


 ・・・・・

 結果は完封勝ち。
 10番のゴールから流れは完全に横浜のものとなり、それで決まった。 

 試合が終わって駅へと向かう道。
 人混みの中を歩いていく。

「…なんかさ、結構良い試合展開だったよな」
「ああ。中盤が冴えてたな」

 自然と話が弾む二人。
 あそこはああすべきだ、こうすべきだなどと戦術を話していく。
 …初めて聞くお互いの考えに、二人とも興味を惹かれている。

 そこに飛び込んできたファーストフードのネオン。
「寄ってくか」
「ああ」
 その言葉も自然と交わされていた。

 食べながらもサッカー談義は続く。
 しかし三上には門限があり、それに合わせて店を出る。
 駅はすぐで、同じ電車で帰路につく。

 もう着くというところで、三上は水野にこう言った。
「またさ、観に行かないか?」
 断られるかと思ったが、水野は笑って
「そうだな」
と頷いた。社交辞令ではない様子だった。その上、水野はこうも言った。
「今度は、柏な」
 水野は三上の発言をしっかり覚えていたらしい。
 三上は苦笑しつつも、胸の内に何か温かいものが広がっていくような感じを受けていた。
 
「じゃあ」
 そう言い駅で分かれる二人。
 振り返り、水野の後ろ姿をしばらく見つめて、三上は踵を返した。


 季節はもう秋になるというのに、三上に寒さは感じられなかった。

(Fin)
2001.10.29 up