そう、何度でも俺は生まれ変わって行ける。







   蘇生






 列車は乗り換え駅に止まった。俺達4人はホームに降り立った。人の流れに乗って階段を降りていく。そこで俺は急に一人になりたくなって、
「悪ぃ。俺、寄り道してくわ」
 そう言うと3人の背に踵を返す。
「おい、三上」
「三上先輩?」
 そう渋沢や藤代の呼び止める声も背にする。
 夕方の駅は混んでいて、俺はスペースに飛び込むようにして人ごみをすり抜けると足早にホームへと駆け上がった。ホームに滑り込んできた列車に飛び乗る。
 カタタンカタタンと一定のリズムを刻む列車の音は、何故か俺を落ち着かせた。車窓から見える風景は夕闇に包まれ、ぽつぽつと増えていく街灯りを映し出す。その窓ガラスは一方で列車の乗客も映し出す。一体、今、自分はどんな顔をしているのだろうか。少し目を凝らして、自分を見つめる。暗闇の中の自分の姿を。

 都選抜選考合宿の最終日だった今日。俺の名前は最後まで呼ばれることは無かった。代わりに呼ばれたのは水野の名前。それを聞いて俺は目を閉じた。
 見せ付けられた実力。いや、心のどこかで魅せられていたその技に。結果を聞くまで認めたくはなかったが、多分そうなんだろう。対して俺に出来たことと言ったら、下がり目で守備も出来るところを見せたくらいで。あとはただ必死にあがくだけ。
「…何て様だよ、俺は」
 そうひっそりと独白する。思えば水野が武蔵森に来るかもしれないと聞いたとき、俺はその実力を知らず、ただ監督の息子というだけの理由だと思っていたからあんな行動に出たのだ。そして、今回も親の七光りだろうと思っていた。だから負けたくなかった。だが、この選考合宿であいつの実力ははっきりと判った。そして、俺の驕りもはっきりと判った。
 ――武蔵森の10番。
 俺は確かにそれを手に入れる時には、苦労も惜しまず努力した。勿論、それを守る為の努力も惜しんだつもりはなかった。なのにいつの間にか、その地位に驕って、何か大切なものを忘れていた。そう、守るべきは背番号そのものじゃなかった筈だ。10番であるという誇りをもってプレイすることだった筈だ。
 今回も水野や郭に負けまいとするあまり、自分らしいプレイなど何一つ出来なかった。悔やまれるのは負けたことじゃない、そのことだ。補欠とはいえ、選ばれた風祭にはそれが出来ていた。出来ない俺が落ちるのは道理だろう。
 だが、それに気付けた。ようやっと俺が何をすべきか思い出した。それならばむしろこの結果は悪くなかったんじゃないかとさえ今は思える。意地を張ってる場合ではないのだ。これくらいで傷ついてしまうようなプライドなど、何の役に立たないのだ。すべてはこれからだ。

 …そう、この車窓の向こうで沈んでしまった陽が、生まれ変わるようにまた昇るみたいに。何度だって俺は生まれ変わって行ける。何度だって這い上がってみせる、この暗闇から。

 寮に帰った頃にはもう皆夕食を終えた後だった。渋沢が言っておいてくれたのか取ってあった食事を一人食堂で食べる。そこへ後ろから声が掛かった。
「三上?帰ってたのか」
 その渋沢の声に俺は振り向いた。
「悪ぃ、心配かけて」
 俺の答えに渋沢は安心したように笑って俺の向かいに座った。
「大丈夫なら良いんだ」
 それだけ言うと渋沢は黙った。
「…俺さ、今回の事で大事なこと思い出せたよ」
 そう俺が言うのを渋沢は静かに聞いていてくれた。
「だから、今度の大会は絶対に負けない」
「ああ。そうだな」
 渋沢はそう言い頷く。それ以上言葉は出なかった。

 大会に向けて翌日には戻った練習。その昼休憩。木陰で休み水分を補給しながら、ふと見ると藤代達が技を披露しあっていた。それを見て俺は水野のラボーナを思い出す。あの時はあんな事を言ったが、やはりあれは鮮やかだったと今はそう素直に認められる。
「出来れば、もう一度あいつと当たってみてぇな」 
 俺はそう呟いた。
 そして、炎天下が一緒にプレイする白昼夢を見させる。…きっとあいつと組んでやったら楽しいだろう。そんなことを思う。その前にはまず、あいつに追いつかなければ。
「三上先輩も何か見せてくださいよー」
 そう藤代に声を掛けられて我に返った。
「っんだよ、もうネタ切れか?」 
 俺はそう返すとそちらに向かう。その俺を照らす陽は高い。



 …そう、いつか。現実に打ちのめされても。
 陽がまた昇るように何度でも生まれ変わって。

 きっと、追いついてみせる。





(FIN)
BGM:Mr.Children「蘇生」
2006.04.25UP