降り続く秋雨。疼く古傷。 いや、正確には痛みではない。 ただ何となく、そこにむず痒いような感覚だけがあって。 雨が降る度に思い出す。 Rainy Blue 夜明け前に降り出した雨は、朝になっても止む気配をまったく見せず。多少憂鬱な気分で朝食を取っていた。そう、こんな天気の日に限って、練習試合の予定が入っている。 そんな人の気も知らず、 「雨ッスねー」 と窓の外を見ながら後輩のFWが呑気に言うのに俺は何だか腹が立ってしまって、一つ頭をぶん殴る。 「何すんですか!三上先輩」 そんな抗議の声は無視して。 「呑気に言ってんじゃねぇよ藤代。雨の試合は大変だってのに」 俺はそう言って、食器を片付ける為に立ち上がる。すると横で囁かれる。 「…痛むのか?」 他人に聞こえないように渋沢は聞いてきた。 「いや、平気だろ」 「なら良いんだが…」 そんなやりとりをする。と、そこへ遅れてやってきた人物が一人。 「あ、おはよう!水野」 藤代が声をかける。 「おはよう」 やや愛想に欠けた声で水野はそう返した。 「よっ、坊ちゃん」 俺も声をかけてやる。すると水野は俺の表情を読んだか、さっきのやりとりを聞いていたかで 「…雨くらいで不機嫌になるなよ」 と半ば呆れながら俺に言ってきた。が、そういう水野も決して機嫌の良い顔とは言えず。「と言う、坊ちゃんも朝は機嫌がよろしくないようで」 俺はそうからかってやる。と、予想できた答え。 「坊ちゃんって言うなっ」 …やはり朝は機嫌が良くないようで。 「ハイハイ」 俺は笑って横を通り過ぎると、食器返却口へ向かった。 ・・・・・ 雨中の練習試合。 相手のシステムとこれまでの実績から今日もW司令塔の布陣を監督は発表した。 ちらりと水野に目をやると、水野は不敵な笑みを返してきた。俺も負けじと同じ表情で返す。 ただ、どうしても気になるのは雨。 見上げた空は暗くただ雨粒を降らすだけで止む気配をまったく見せない。 ――その中でのキックオフ。 最初は膠着状態だったが、やがてこちらのペースになってくる。 水野が俺を呼ぶ。 「三上!」 雨の中だというのに、ヤツは軽々と舞いボールを奪って、正確なパスを寄越してくる。 その足下に届いたパスは水を吸って重くなった分、そして疼痛のある足にズンと響いて。だけどそれは痛みよりも妙な快さを伴って。 …かなわねぇなと思いながらもツータッチで俺も蹴り出す。ターゲットは前線。 「藤代!」 雨でも呑気にしてた天才FWは、むしろそれすら味方にして敵をあざ笑うようなテクニックを見せ付けて先制点を取って。 と、前半は良かった。 だが、やはり雨の中の試合はどうしても消耗してしまう。そして酷くなる疼痛。にも関わらず水野ときたら相変わらず奇抜な戦術でパスの受け手を容赦なく走らせて。 だが、そのパスが出される瞬間。合った目を見ると走らずにはいられなくなってしまう。 …悔しいけれど、意図が、意志が通じてしまうから。 ほら、だから追いつけないと物凄く悔しくて。 らしくないと承知で泥だらけにながら走ってしまう、ライン際。 「水野!」 既に走り込んでることを期待して、振り返りもせず蹴ったボールはちゃんと届いて。 ――ったく、お前には敵わない。 ハーフタイムのロッカールーム。 監督の指示が終わった後、ベンチで横に座っていた後輩が声をかけてきた。 「先輩さっきの凄かったですね。らしくなかったですけど」 笠井がぼそっと言った。 「らしくなくても良いんじゃねぇの、こんな天気だし」 俺はそう言って返した。表情がどんなだかは知らない。 「いや、誉めたんですけど。ああいうのも良いなって」 笠井はクスリと笑いながらそう言った。 「偉そうな口叩きやがって。…後ろからもパスくれよ」 俺は口の端を片方だけ上げて笑いながらそう言った。 「ええ。そろそろピッチもそんな状況ですからね」 そういうと笠井は俺と、更に横にいた水野を見た。俺達は二人して頷いた。 後半は相手も修正をしてきて、かなり苦戦を強いられた。 水野を上げて、俺は後ろに回った。 相手のパスをカットして、ドリブル。 「水野!」 …だが、強くなった雨が目に入ってきて、視界が一瞬ぼやけて判断が遅れたところを相手に突かれて。 「畜生っ」 小さくそう呟くと走り出す。泥だらけになるのも構わず走り出す。が、濡れたピッチに痛めている足を取られ転倒。 「ひとりでやってんじゃねぇよ」 と、いつの間にか近くに来ていた水野はボールを拾うと一度後ろ――笠井まで――パスして、攻撃の立て直しを図る。「スマン」と言い俺も起きあがって、走り出す。周りを確認しながらもちらっと見る水野の背番号。 ――10番。 それは、かつて自分が付けていた番号。 憧れと焦燥を己の裡に感じながら。 その背中を追うようにして俺は走った。 やがて試合は終了間近になり、時間稼ぎと体力の消耗から交代を告げられ、俺は一足先にピッチを後にした。そして、ベンチに向かって歩きながら俺は思う。 …やっぱり雨は嫌いだ。 閉じこめられてしまうような、遮られる視界も。 水を吸って重くなるボールも。 つるつると滑る芝も。 まとわりつくユニフォームと疼痛も。 それで遠くなるお前のパスも。 追いつこうと必死にあがいて走ってしまう自分も。 ――だけど。 見上げた空から降る雨粒はさながらシャワー。 いっそ、この胸の中で疼く焦燥も洗い流してくれたら良いのに。 ・・・・・ 結局試合は武蔵森の勝利で終わった。スコアは1−0。 試合後のミーティングが終わって解散するなり、水野はつかつかと俺のところにやってきた。 「三上」 それに対し、俺が「なんだよ」と言い返すよりも早く、座っていた俺の足を掴んだ。 そこはズバリ古傷の箇所で。思わず顔を顰めると同時に、やっぱバレていたかと心の中で舌打ちする。まぁ、バレても仕方ないかとは思う。コンビで司令塔をやりはじめてからそれなりに経って、お互いに慣れている。 「…酷くは無さそうだな」 傷を診ると水野はそう言った。そして訊いてくる。 「昔の古傷?」 それは指摘通りで。 「坊ちゃんには関係ねぇよ」 俺はそう返す。と、水野はその答えが不服だったらしく。 「関係無くねぇよ。せっかく人が心配してやってるっていうのに」 その怒り方が、妙に子供っぽくて。ついでに困った顔も見てみたくなって俺はつい口にしてしまう。 「…お前の所為だっての」 なんて本心を。 「え?」 案の定、水野は怒った顔から一変に困惑顔。それもその筈、心当たりは無いはずだから。 「こっちの話」 とだけ言って俺はニヤッと笑うとその話を切る。 「それよりお前、自分の心配もしろっての」 バサッとタオルを投げつける。 「水も滴る格好良さ見せ付けてると風邪引くぜ?」 と、水野は頭からすっぽりタオルを被ってしまって。 「三上!…ったく」 後ろで水野がそう言うのを聞きながら俺はロッカールームを後にする。 通路の窓を見れば、いつの間にか雨は止んでいた。 …そう。それは、まだそんな昔ではない話。 水野と出会って、選抜でその力を見せ付けられた後、人に隠れて練習をしてた頃に悔しさと苛立ちから必死で練習してて負った傷。軽い捻挫だったが、同じ所を水野が武蔵森に来てから個人練習を再開した頃にもう一度やってしまった。…今度は追いつく為にしてしまった無理。 「なんてことは、悔しいから言えねぇけど」 と一人呟きながら、言葉と共にペットボトルを飲み干す。 「…って、何が言えないんだよ」 いつの間にか横に来ていた水野がそう言って、俺は飲んでたスポドリを吹きそうになる。それに水野がクスリと笑って。俺もニッと笑いながら言った。 「話したって、手加減するタマには見えねぇんだけど?」 「まぁな」 不敵な笑みが返ってくる。 …それは素敵で。 一番近くで見ていたいから、多少の無理くらい本当は構わない。 足掻いたって格好悪くたって追いつきたい。 なんてことも、言えねぇけど。 気が付けば窓の外には虹が架かっていて。 それに水野も気が付いて、二人それを見上げる。 ――その頃にはもう、足の痛みは和らいでいた。 |
(Fin) 2003.10.08 UP |
※あとがき※ 本来なら先に水野が武蔵森に入る話を書くべきだとは思ったのですが、リクエスト内容から先にこのエピソードを思いつき書き上げてました。そのうちシリーズとして組み込むつもりでいます(予定)。 ともあれ、さわきさま、リクエストありがとうございました。 |