…いっそ、溶けて無くなってしまえば良いのに。





   Melt away





「あっつー。9月だってのに詐欺だよなこの暑さ」
「…だからって、こんなに買い込まなくても良いと思いますけど」
 浜松市内の某コンビニにて。
 あまりの暑さに耐えかねた俺はかき氷が食べたくなり、こちらに来ていたスガを連れてこうして家から自転車で5分先のコンビニまできていたのだった。
 そしてお目当てのモノを手に取ると会計を済ませて、また暑い日差しの中に出る。
「…というより。早く帰らないと、溶けちゃいますよ」
 財布を忘れてしまった俺の為に全て支払いをさせられ、荷物も持たされたスガは呆れながらもそう笑った。
 そう。ここ数年続いている異常気象は今年も例外ではなく。9月だというのに物凄い暑さ。後から知ることになるのだけど、スガがサボった学校祭及び球技大会は――サボったと言っても実際は連休中な訳だけど――サボって正解。あまりの暑さに熱中症で倒れる生徒が続出し救急車が5台も呼び出され、結局は打ち切りになったという。
「そうだな。家まで持てば良いけど」
 俺はそう答えながら、スガの荷物を受け取ると自転車の前カゴに入れた。するとスガは代わりだと言わんばかりに自転車の鍵を放って寄越してきた。その鍵は俺の手の中にぴたりと落ちる。
「俺に漕げと?」
 俺は多少不服そうに言った。体格的には絶対に行きのようにスガに漕いで貰った方が良いのに。そう思ったのだが、スガはこう返してきた。
「ええ、そりゃv誰かさんが財布を忘れて奢らされた訳ですし、行きはちゃんと漕いだでしょ?」
 ニッコリと笑ってはいるが、それは有無を言わせぬ雰囲気をかもしだしていて。
「デカイお前後ろに乗っけるの、絵的にも格好悪ぃし、どう考えてもバランス悪ぃのになぁ」
 と、最後の抵抗を試みるが叶わず。
「文句云わない。はい、かき氷溶けちゃいますよv」
 そうスガは俺を急かした。



「でもさ。球技大会や学校祭サボっちゃって良かったのか?」
 俺は自転車を漕ぎながらそう後ろのスガに訊いた。
「ええ、まぁ。ぼくみたいにユースだったり、運動部なんかだと種目に制限でちゃうんで結構つまらないんですよね」
 確かに。たかが学校行事の競技に部活やユースの人間が出たら勝負なんて最初からついてしまうだろう。うちの学校の似たような行事でも確か制限はあったはずだ。
「あと、ぼくが卓球なんてやってたら笑うでしょう?」
 長身のスガが卓球台に立つ姿を思わず想像してしまって、吹いてしまう――別に絵として可笑しく思えるだけで、実際は器用にこなしてしまいそうだが――とたんにバランスを崩す自転車。
「笑う笑う、つーか、笑かすなよ」
 まったく、危ないところだった。だが、それに構わず
「…それにね」
とスガは続ける。
「それに?」
 俺は促す。
「ぼく、運動会とか学校祭とかの行事の類あんまり好きじゃないんです」
「へぇー」
 それなりに真面目なスガにしては珍しい発言だなと思って。俺は耳を傾ける。
「ほら、家族が来られなかったりするでしょ?」
 ――もうそんなこと気にする年齢じゃないですけど、やっぱ小さな頃の事ってどこか残っちゃうってヤツですかね。
 スガは笑ってそう言った。だが、俺はその言葉にはっとさせられる。
 …確かに。あまり話したがりはしないが、それでもぽつぽつと聞いた話によれば、スガの両親、特に父親は多忙な上ずっと海外勤務で、母親はそれに付き合いつつ、自分でも仕事を持ってるというのだからさぞや忙しいだろう。祖母は近くに居ると言うが、身体の事を考えれば炎天下に来て欲しくはないのだろう。
 今は良い。だが、それじゃ小学校の頃は随分と寂しい思いをしたはずだ。
「なーんてね。やだなぁ、大したことじゃないですよv」
 そうスガは明るく言うが、多分俺の表情は多少曇っただろう。それは本人には見られたくないもので――スガが同情されまいと明るい顔を見せるのと同じで――。
 …漕ぎ手に回って正解だったかもとほんの少し思ったのだが。
 次の瞬間、それはあまりにも馬鹿馬鹿しいことで裏切られた。
「そう。それにサボったおかげでケースケくんと一緒にいられますしねv」
 そういうと、スガは突然抱きしめてきた。
「バ、バカヤロ」
 ただでさえ悪かったバランスが崩れ始める。俺の動揺と共に。
「って、あ、暴れないで下さいよ、ケースケくん。バランスが…」
「ちがっ、おまっ、離れろってっっ!!」
と二人してお互いに叫んだが既に手遅れ。バランスを崩した自転車は物理法則には逆らえず。
 ……横転。
 二人共運動神経は良いから間一髪で自転車から飛び降りることが出来たが。
「あー、もう」
 スガが呆れたような声を出すのに、俺は
「バカヤロ、元はと言えばお前が…」
と抗議しようとしたのだが
「ストップ」
と遮られる。
「なんだよ」
 俺はそう不機嫌に答えたのだが、スガはそんな俺よりも倒れた自転車を見ながら
「…自転車、壊れたみたいです」
 そう言った。
「はぁ…」
 零れた溜息はほぼ同時。
「とりあえずかき氷、溶けちゃいますよ」
 ――だからおうちに帰りましょう。
 そういうと、スガは壊れた自転車を引きながら歩き出す。
 幸い、俺の家はもう目の前だった。



 自転車をしまうのはスガに任せ、俺は玄関の鍵を解除しドアを開けた。
 連休だということで、両親は泊まりがけで出掛け、兄は今日も朝から塾に行っていて家はからっぽ。
 こう言う時普段は気楽で良いや、と思ってたのに。
 不意に先程のスガの言葉が思い出されて俺は寂しくなってしまう。
 …スガはいつもこうやって一人の部屋に帰っているのだろうか。
 そう思ってしまって、俺は立ちつくしてしまう。
「ケースケくん?」
 とりあえずガレージに自転車を置いてきてくれたスガが追いついて、リビングで立ちつくしてた俺に声をかけてきた。


 …なぁ、あんな不意に寂しいこと言うなよ。
 ほら、俺はこんなにも切なくなってしまうから。


「どうしたんですか?」
と、のぞき込んできた、スガの唇に自分のを重ねる。それは珍しいことで。
 突然の事にスガも驚いたみたいだったが、俺の背中に手を回すと体勢を整え、改めて深い口づけを交わす。
 やがて身体を離すと、俺の片方の手に握られたままだったコンビニの袋に気が付いて、スガはクスリと笑った。
「溶けかかってますね、かき氷」
 そう言われて、俺も笑いながら答えた。
「食うか」
 スプーンを取り出し封を切り、半分溶けかけたそれを口にする。
 溶けかけてる癖に、頭にキンとする痛み。
「痛っ…」
 思わず口に出てしまった。するとスガが苦笑する。
「急いで食べたりするから」
 そして、「治してあげますよv」と今度はスガの方から口づけてきた。その繰り返し。
 何度もそうされているうちに、かき氷はどんどん溶けてしまっていたけど、俺は構わなくなっていた。そして、思っていたのは。


 …溶けて無くなってしまえば良い。
 心のわだかまりなんて、この氷菓子みたいに。



 ――そう、いつかは俺が溶かせれば良いね。

 …君がまだ完全には見せてくれてない、
 心の透き間をとりあえず埋めてる氷みたいなものを。




(FIN)
2003.09.16 UP
※あとがき※
久々にCPものらしくなったような気がします。笑
「スガケーでかき氷」リクありがとうございました>マシロ嬢

捕捉トリビア:
ちなみに物理法則と書きましたが、自転車が前に進むのはジャイロ効果。
ブーメランが戻ってくるのもジャイロ効果。コサインカーブの積分です。
…うん、役に立たないですね。笑