六時間目の授業が終わってホームルームを待つ間、ポケットから取り出した携帯を見るとサブディスプレイが点滅を繰り返しメールの受信を知らせていた。俺はそれを開いていくつかボタンを押し、メールフォルダを確認するとそれは須釜からマリノスの練習が遅れるのを伝えるものだった。その変更内容に目を通し、今日は慌てなくても良いなと思いながら俺は携帯を仕舞うと、のんびりと授業後のホームルームを受ける。そして終わった後俺は席を立つと親しいクラスメイトに「またな」と別れを告げ、いつもよりゆっくり歩いて駅へと向かう。その途中にあるサッカー部の練習場。着替えを終え一人また一人と集まっていく部員達を遠目に見ながら、時間があるなら少し見学していこうかと思い、俺は随分久しぶりにそちらへ向かって足を伸ばした。すぐにウォーミングアップが始まる。俺がその様子をフェンス越しに眺めていると後ろから声をかけられた。 「あれ?水野。のんびりしていて大丈夫なのか?」 振り返るとジャージ姿で首からホイッスルをぶら下げ、クリップボードを持った高等部選任のコーチが立っていた。俺は微笑んで答える。 「はい、今日は練習場の関係で時間遅くなったんです」 俺がそう言うのを聞いたコーチは、そうか、と頷くとサッカー部の方を指さし、 「なら見ていくか?」 と、言ってくれたので、はい、と頷いて俺はコーチの後ろについてグラウンドに入って、隣に並んで立つ。ボールを使った軽いウォーミングアップが終わって始まったゲーム形式の練習。そこで三上の入っているポジションが違うことに気がついて俺は傍らのコーチに声をかけた。 「三上――先輩、司令塔なんですね」 ああ、とコーチは頷いて言う。 「お前達のW司令塔や、三上がサイドで組んだコンビネーションは良かったけど、もうお前には頼れないからな。元のポジション、フォーメーションに戻したよ」 少し遠い目をしてそう言われるのに、そんな前のことではないのに俺は何故か酷く懐かしいような気がする。そして、元のポジションに戻したということなら、とふと思って訊いた。 「じゃあ、三上先輩が10番に戻るんですか?」 俺はそう訊いたが、コーチは首を横に振って答える。 「いやそれが、僕もそう言ってみたけど三上は断ってね」 それは予想もしない答えだった。俺は思わず問い返す。 「……え?断ったんですか?」 では、中学の時のあれはなんだったのか。ここに来て一部の先輩達から監督が「竜也が10番だ」と言っていて、そして、それに三上が大荒れした――だからあの時、あんなところで三上と遭遇したのかとそれを聞いて納得した――という嫌みまで聞かされたのに。ただ、当の三上本人は俺が高校からここへ来た時には何も言わないどころか、からかいこそすれど基本的には親切で、むしろ辛く当たってくる先輩から庇ってくれたりしていたし、プレイでは全面的に信頼してくれていた。そんな三上だから俺はいつか……と、そう俺が考えていると、隣のコーチも腕を組んでうーん、と考え込んでいた。 「監督にもちゃんと進言してみたけど、本人が拒んでいるのに10番にはしないって言われて、三上にも何も言ってないみたいなんだよね。こんなこと滅多にない。一体どういうことだろうねぇ。実際、僕らもどうしたものかと困ってるんだけど」 そう言うコーチは首を傾げながらも続く練習へと視線を戻し、見守る事に集中しだした。俺もその隣で見守る。少し離れたところで鋭いパスを放つ三上の姿を視界に捕らえる。……万が一にもこのまま欠番になったり、他の誰かになるなら俺は三上に10番をつけて欲しいと思う。ただ、そうは思ってみても、本当にそれがちゃんとした判断なのか、単なる俺の三上への好意から来る願望なのか俺は見極めたくなった。腕時計で時間を確認するとまだ時間には余裕がある。 「コーチ、あの、監督は」 俺はそう傍らのコーチに訊いた。 「今日はまだ事務をされてると思うけど」 コーチがそう答えるのを聞いて、俺は決めた。 「わかりました。ありがとうございます。それじゃ、失礼します」 そうコーチに礼を言って俺はグラウンドを後にし、校舎へと駆け足で戻った。 監督室のドア。その前に立って一呼吸する。二回ノックして返事を待ってから俺は中へ入る。 「どうした、急に。練習は良いのか」 俺の姿をチラッと確認するとそれだけ言って親父は書類に視線を戻した。 「練習は遅れると連絡がありました。今日は頼み事があって」 書類から視線を上げぬまま、何だ、と訊かれ俺は答える。 「今度の紅白戦、俺を控え組に入れて下さい」 その言葉に親父はようやく顔を上げた。 「マリノスの練習は良いのか」 そう言われて俺は頷き、親父の目をまっすぐ見据えてきっぱりと答えた。 「許可は貰ってきます」 幸いしばらく試合の日程は立て込んでいない。一日ぐらいのわがままは通るだろう。 ただ突然の、急な俺の申し出に真意を測りかねると言った表情を見せる親父。 「……何がしたい、竜也」 俺がここに来てからずっと通してるいつもの他人行儀で「水野」と呼ばなかったことに、親父が本心で訊いているのが判った。 「別に。今のチームの仕上がりを見るのにはちょうど良いだろう」 俺もつい素に戻ってそうぶっきらぼうにそう答えるが、一方でどうしてこんな言い方しか出来ないんだろうかとも思う。 「判った。許可が出るならこっちとしても良いカンフル剤になるな」 親父はパサッと机の上に書類を置くと同時にそう言った。 「ありがとうございます。それじゃ、失礼します」 俺はそう言って一礼すると部屋を出ようとする。ただ、部屋を出ようとしたその時ふとあることを思う。俺はその思いからドアのノブを握りながら振り返らないまま、素の口調のままで親父に言う。 「もしかしたらもう一つ頼むかもしれない」 「何をだ?」 そう不思議そうに問う、親父の声を背中越しに聞く。そのまま俺はドアノブを回しながら答える。 「紅白戦次第」 それだけ言うと後ろ手にドアを閉め俺は部屋を後にした。 ……そこで今の三上の実力を確認したい。確かめられたならば俺は10番を返す。いや、返すんじゃない。託すんだ。そう思いながら俺は廊下を歩く。腕時計をみれば思ったより時間が過ぎていて、練習にギリギリ間に合う電車の時間が迫っていた。俺は足を速め、駅へと駆けだした。 それから1週間ほど後の放課後の練習。マリノスに休みの許可を貰った俺は紅白戦に参加する。三上が司令塔の先発組と俺が率いるサブ組の対戦。ビブスを着た俺は、コーチの笛と同時にボールを蹴り出した。 ……正直最初はやりづらかった。マリノスのレベルに慣れてきてたところにこのメンツはどうしても見劣りするし、実際動かしづらい。特に攻撃面で思っていたような動きをしてくれない、パスが通らない事に軽い苛立ちさえ覚える、が司令塔がそんなことではいけないのだ。他の選手の特性を思い出して、俺はなるべくそれを引き出すようなパスを出すことを心がけ、出来ないであろうところは自分から積極的に攻めていく。 実際、対する三上はそうしている。見事なまでに連動する攻撃。俺が居なくなってから、ここまで完成させていたとは少々予想外だった。これならば選手権でも勝ち上がっていけるだろう。 だが、俺としても負けるわけにはいかなかった。仮にもプロでやっている身なのだ。味方からのパスを受けボールを持った俺は、FWがDFに抑えられているのを見るや、自分で突っ込んでいく。 が、そこへ横から飛び込んでくる影。そのスライディングは見事にボールだけを狙っていて、跳んで避けた俺はボールを奪われる。そこにある後ろ姿は――三上。 いや、攻守ともに献身的なプレイをするのは一緒にやってたから判るが、まさか、こんなところまで三上が下がっているとは思わなかった。その前から三上は縦横無尽にピッチを駆け抜けている。既にその運動量は相当なものになってる筈だ。にも関わらず、鮮やかに俺のパスをカットして自分のものとした三上はそのままトップスピードで駆け上がっていく。その背中をどこまでも追って行きたいという感傷に一瞬かられるが、当然ながら俺が深追いする訳にも行かず、ある程度のところで守備勢に任せる。そのボールがペナルティエリアの手前でFWに渡ったところでなんとか味方DFが食い止め、一旦ピッチの外へクリアされるボール。サイドラインに置かれたボトルを取って一口だけ口にして。 ……ボールを奪われた?この俺が? 振り返って改めてそう考えるが、しかし思えばずっと三上と一緒にやって、互いをフォローしフォローされるようにプレイしてきたのだ。三上に俺の考えなど読めて当たり前なのかもしれない。チラッと振り返った三上が口の端を片方だけ上げていた。 「三上、お前……」 思わず呟きながら、確信した。今の三上は間違いなく武蔵森の10番に相応しい。ここに居る誰よりも。多分マリノスに慣れてしまった今の俺よりも。そう思うとやっぱり二年間一緒にやっていきたかったように思えてしまって少しだけ俺は惜しむ。 実戦同様に双方全力で戦った後のロッカールーム。コーチにどうだったか意見を訊かれていた俺は少し遅れて戻る。三上は逆に監督の指示を聞いていたようで、戻ったのはほぼ同じだった。 「ハンデがあるのにやっぱりやるよな、坊ちゃんは。さすがに疲れたぜ」 隣で着替えながら三上はニッと笑って言った。既に大半の者が着替え終え、この場には俺と三上以外数人しかいない。いつもなら気に障る、坊ちゃん呼ばわりも今はどうでも良かった。 「三上」 俺はシャツのボタンを最後まで留めながら、三上を見ぬままその名を呼んだ。 「何だ?」 シャツの袖に手を通しながら不思議そうな声で三上は問い返してきた。それに俺は 「頼む。10番を着てくれ」 と答える。随分前にクリーニングから返ってきてから俺のロッカーに仕舞われたままのそのユニフォーム。取り出そうとした俺の手を横から伸びてきた三上の手が止める。俺の腕を掴んだまま三上は言った。 「そいつはもうお前のもんだろ。たとえ欠番になっても、それがお前がここの選手でもある証だ」 ……いや、多分選手権でそれは通らない。恐らく誰かが付けることになるのは間違いないのだ。そして、今日の紅白戦で着るべきなのは三上しかいないのだと俺は確信出来た。だから三上に言い募るように、 「けど!」 と言うが、俺の手を離した三上はそれを制してこう言った。 「そのまま預かっとけ。俺はもう着るつもりはない。お前に託したんだ」 それだけ言った三上はもう俺を見ず素早く着替えるとロッカールームを後にした。 ――託した。そう言われたその言葉がいつになく重い。 確かに、三上が簡単な気持ちで10番を譲る筈がない。それは多分俺が、今三上に着て欲しいのと同じ気持ちで。 俺だって、三上に託したいのに――。 ……やはり親父に頼るしかないのか。 そう思いながら、ベンチに座り紅白戦の後貰っていたスポーツドリンクの封を開け口にする。そして天井を見上げ溜息を一つ吐いてその明かりを見つめる。いつか皆が着替え終わって、一人だけになっても俺はしばらくそのままそうしてた。 それから数日後の放課後、須釜にメールして少し遅れることを伝えると俺は教室を出た。見事な夕陽に真っ赤に染まる廊下を歩き監督室へと向かう。ノックをし、返事を待って中に入る。 「なんだ、まだ居たのか」 親父は俺の顔を見るなりそう言ったがそれに返事はせず、俺はつかつかと机に歩み寄る。 「あの時の頼み、もう一つを言いに来ました」 俺は机の目の前に立つとそう言った。 「そう言えばそうだったな。で、それは一体なんだ?」 親父がのんびりそう言うのに俺は答える。 「三上を10番に戻してくれ」 俺はドンッと両手を机に置いてそう言って、ほとんど睨むように親父を見つめた。親父はそんな俺を見て驚いた顔をしたが、やがて天井を見上げると長い溜息を一つ吐く。もたれ掛かった椅子が音を立てるのを聞く。俺は親父の言葉を待つ。しばらくの間があった。 「……私とて本当はそれを望んでいるよ」 その言葉はいつになく切実なものに聞こえた。 「だったら!」 言いかけた俺を親父は遮る。 「だが、三上はお前がここに入った時、まったく躊躇わずにお前に譲った。それがどういうことか判るか、竜也」 そう言ってじっとこちらを見つめる視線に俺は思わず黙る。 「お前の方が実力が上だと素直に認め、共に戦う道を選んだ。プライドよりも覚悟を選んだんだ。ただひたすらチームの為に。それを今空いてしまったからすぐに戻すんじゃ、それこそ代役みたいじゃないか」 代役。その言葉にぐしゃぐしゃになっているパズルのピースの一つを見つけた気がした。 「――元々が代役じゃなかったって言い切れるのか」 知らず俺は低い声でそう言っていた。いつか三上が言っていたここに呼び寄せられた時期と、俺が親父の元を離れた時期は一致する。……一致してしまうのだ。 「竜也?」 考え込んだ俺に親父が声をかける。 「いや、なんでもない」 俺はそう答えた。そうだ、今はそれよりも大事なことがある。 「親父、それでも頼む。俺はあいつに10番を着てこの大会を勝ち抜いて欲しい。久しぶりに三上と戦ってみて、今の三上にこそ俺は10番を託したいって心から思ったんだ。けど、俺の言葉じゃ届かなかった」 俺はそう言って俯いた。……そう、俺の言葉じゃ届かなかったんだ。 「私の言うことなら聞くと?」 親父はそう両肘を机に付いて組んだ両手で頬杖をつきながら訊ねた。 「三上が親父に逆らったとこ見たことない。俺とは違ってね」 いつか俺に「監督の人形じゃない」と言った癖に、ここに来て見た三上は親父をどこまでも信頼し、どこまでも従順だった。いっそ実の息子の俺でさえ入り込む余地の無い程に。 「まぁ、そうかもしれん。ただこの件ばかりは判らない」 そう言って苦笑する親父に、俺は少し苛立って言う。 「親父だって本当は望んでるならちゃんと伝えろよ」 その俺の言葉に驚いたように目を見開く親父。そして、やがて微笑む。 「まったく、それが頼み事をする物言いかね」 そう文句を言いながらも親父は笑っていた。机の上の電話の受話器を取り上げ、ボタンを押す親父。 「――三上を呼んでくれ。ああ、そうだ、監督室に」 相手はグラウンドのコーチだろう。 「私から話してみよう。お前は早くマリノスの練習に向かいなさい」 はい、と返事をして俺は監督室を出る。 ……その後、親父と三上の間で何が語られたのかは俺は知らない。けれど、三上は了承し、冬の大会、最後の大会に10番で出場することになった。 真冬の国立。今にも雪が降りそうなほど重く垂れ込めた雲と、凍てつくような冷たい空気。その中で、ピッチを自由に駆け巡り、疲れなどものともせず軽やかに跳んで相手を躱し、鮮やかなスルーパスを見せる三上。 ――その背中の10番。 かつては自分も背負ったそのナンバー。 託し託されたその思い。 「本当に、もう少し一緒にやりたかったな」 メインスタンド再前列に用意された席で白い息を吐きながら俺はそう呟く。 ……そうは思っても、もう遅い。 季節が巡るのはあっという間だった。サッカーで大学に進学するという三上は変わらず練習に参加していた。それをいつも横目で見ながら俺は学校からそのまま横浜へと向かう日々。まだまだ寒さが残りながらも、日射しはゆっくりと間違いなく春へと向かっていた。 三月の初めの日。卒業式で先輩達を見送った後、部の伝統となっている送別会の会場に皆移動して行く。その中に自分も加わり歩く。しばらくすると後ろから肩を叩かれ、俺は振り向く。 「水野、三上先輩見なかった?」 笠井にそう訊かれて、確かに三上の姿がないことに気がつく。 「送別会もうすぐ始まるのにどこ行っちゃったんだろう」 そう藤代が言った。同じ事に気がついたのであろう渋沢がこちらにやってきた。 「すまないが、探してきてくれるか?」 渋沢がそう言うのに、はい、と藤代や笠井が返事をしたが、待って、と俺は止めた。 「俺が行く」 俺がそう言うと、藤代と笠井が驚いた顔を見せた。 「水野?」 訝しげに俺の名を呼ぶ渋沢に笑って俺は答える。 「心当たりあるから俺、行ってきます」 自主トレする時はいつも河原を走っているのを俺は知っている。行くのであればそこしかないように思えて、俺は街を走り抜ける。 俺の勘は当たっていた。だが、そこにあったのは予想していなかった姿。橋の上から見えたのは河原で俯き立ち尽くしている三上。それはあまりにも儚げで、今にも壊れてしまいそうなほどに脆く見えて、俺は声をかけて良いものかしばらくそこで迷った。だが、意を決して俺は近づくことにする。そして土手の上、三上のすぐ後ろから声をかけた。 「三上!」 しかし、返事はない。構わず俺は話しかけた。 「来ないから心配してたぜ、先輩たち」 俺がそう言うとようやく反応があった。 「――水野か」 そう返事をし、顔を上げはしたものの振り向きもしない三上。俺は土手を降りてその横に並び立つ。 「どうしたんだよ、ったく」 おかげでパシリにされたじゃねーかと、俺は横目で見ながら三上に向かってわざと悪態を吐いてみる。だが、いつもなら返ってくる筈の応えがない。それどころか三上はまた俯き、表情をその漆黒の髪で隠す。こんな頼りなげな三上は見たことが無かった。 「……三上?本当にどうかしたのか?」 俺はそう訊いてみる。 「悪ぃ、ちょっとだけな」 聞いたことのないような細い声。もう少しだけこうしてたいんだ、と三上は言う。 「アンタらしくない」 そう、らしくない。俺が知ってる三上は傍若無人で傲岸不遜、なのに優しくて繊細。こんなのは全然三上らしくない。けれど、またこれも三上の隠し持つ一面なのかもしれない。 「判ってる」 三上はそう答えた。多分、俺も判ってる。勿論すべてではないけど、ただ間違いなく三上がこの卒業を、別れを惜しんでいるのだけは判るんだ。 俺は三上の肩にそっと手を伸ばし、引き寄せた。拒まれるかと思ったが、三上はされるがままに俺に身を預ける。その三上が震えていて泣きそうになるのを必死に堪えているのが嫌と言うほど判る。いや、多分泣いていたんだろう、ここで一人で。そう思うとたまらず、そのまま俺は三上を抱きしめていた。腕の中の三上は身動ぎすらしない。その背中をまるで試合の後の挨拶のようにポンポンと軽く叩くと、俺は身体を離し向き直った。 「俺さ、アンタとやれて楽しかったよ。ありがと」 心からの言葉を俺は三上に告げる。そして笑って言った。 「だから別れは言わない。またな」 その言葉に三上は顔を上げた、少し赤い目と腫れぼったく見える瞼を見て見ぬ振りをし、俺は笑顔で片手を差し出した。 「ああ、またな」 そう言って俺の手を握った三上はいつものようにニッと片方の口の端を上げて微笑んだ。 きっと三上は今日、一つの想いを終えたのだろう。 ……なら、これから俺は始める。 だから、さよならなんて云えない。 |
| NEVER CAN SAY GOODBYE 2011.08.03 UP |