……ずっと、いつだって比べられてきた。
 何故、俺と藤代は同じ年に生まれてしまったのだろう。いや、何で早生まれなんてのがあるんだろう。でなければ、きっと悔しさもあんな思いも味わなくても済んだだろうに。
 だけど、同い年だからこそ同じピッチに立てて、勝利も敗北も引き分けも、喜びも悔しさも分かち合うことが出来た。それも今ならば認めることが出来る。
 同年代の中で先を行き、輝ける存在である藤代。それはまるで太陽のようで――。












     光の差す方へ












それは東京選抜対関西選抜の試合でのこと。関西選抜のFW藤村のあまりにも鮮やかすぎるそのプレイを見せつけられて、俺は思わず呟いていた。
「藤代並み」
 そう言っていてその言葉の意味に気が付く。そうやって結局のところ、俺は藤代から目が離せないでいるし、どこかで認めてしまってもいる。だからこそ余計に悔しい。小学生の頃からずっと藤代とは比べられ続けている。いくらプレイスタイルが違うのだと言ったところでやっぱりFWは点を獲ってこそのFWだし、それもまた事実だから仕方無いけど、やっぱりどうしたって悔しさは否めない。
 ……そんなことを考えていた直後に起きたあの事故。
 出会いこそ最悪だったものの急激な成長を見せつけて倒れる瞬間の最後の最後までひたむきなプレイをした風祭をいっそ尊敬すら出来るのに、とんでもない実力の持ち主の藤村を凄いと素直に思えるのに、藤代だけは――。

 あれから何回目かに招集された合宿で久しぶりに藤代と同室になった。練習が終わって食事の後、部屋に戻る。合宿があるからと言って学校の課題が全部免除される訳じゃない。持ち込んだ勉強道具を開きながら、唐突に藤代が言った。
「真田はさ、俺のことあんま好きじゃないかもしれないけどさ、俺は好きだな」
「は?」
 前から同室になることはあったし、その時藤代がこうやって唐突に話しかけてくることはよくあることなのだが、その言葉のあまりの唐突さに俺は瞬きを繰り返す。そんな俺を見て藤代は笑ってこう続けた。人懐っこい笑みで。
「だって、真田がくさびになってくれるから決められる」
 それは今日のミニゲームの話だろう。だが、藤代がどんなにそう言ってくれたって、FWは点を獲らなきゃ意味がないんだ。
「別に俺が居なくなってお前は決めてんだろ」
 ぶっきらぼうにそう答えた俺の胸中は複雑だった。

 ……そう、不思議なことに藤代は俺を好きだと言う。今回に限ったことじゃない。何かしらにつけてそう言葉にするし、それを態度でも示される。もっとも、藤代が誰かを嫌ってるところはあまり見たことがないけれど。その人懐っこさも俺を苛立たせる要因の一つだ。でもそれは完全にただの嫉妬だってことはよく判ってる。
 だけど、風祭や藤村のことはポジションを奪われる不安を抱きつつも素直に認められて、藤代だけがいつまで経っても憎いほど認められない。俺はよほど心が狭いんだろうか……。

 一人でそう考えてるとどうにも悪いことばかり浮かんで、すっかり悩んでしまった俺は、英士と結人に相談しに行った。昔のことまで持ち出してグダグダと愚痴れるだけ愚痴った俺に、結人が明るく笑って言った。結人の笑い方は藤代と同質だと今更気が付く。
「一馬は嫌い嫌いって言うけどさ、本当はそれだけ藤代を強く意識してるってことじゃん」
 思わず言葉に詰まった。そう言われてしまえばその通りなのだが、俺はそれが素直に認められないから苦しいんだ。
「結人」
 そう言って英士が俺の退路を作る。冷静に鋭いところをつくのは英士の方が多い。だけど、痛いところをつくのは意外と結人の方だったりする。そしてそれをフォローしてくれるのは英士。これがもし知り合ったのがどちらか一人だけだったら俺は英士にしても結人にしてもこんなには仲良くなってはいなかったと思う。
 ……もしも、藤代が同い年でなかったなら。こんなにも比べられてなかったのなら、俺は仲良くなっていたのだろうか。でも藤代への感情は何年もかけて捻れすぎてしまって。
 ――嫌い、嫌い。大っ嫌い。
 まるで太陽のように輝いて、明るくて、誰からも好かれて。そう、誰からも――。その誰か中には結局、自分も含まれてしまうんだろうか。
 太陽のようなその光。
 実際、試合中ゴール手前で敵に阻まれ判断に迷った時、ピッチの上でその姿を見つければ、本当に光が差し込んだようにさえ思える。藤代にパスを出しさえ出来れば何とかなるといつか思っていた。それはきっと信頼にも似た思いで、ただその時、その一瞬だけは素直にそう思えるのに……。

 合宿中に組まれた練習試合。相手の布陣とメンバーの関係から俺と藤代の2トップになった。試合は前半途中でこちらのペースに切り替わった。一気に攻め上がる俺達。バイタルエリア付近での攻防。水野から藤代にボールが回った。その時、目が合った。それだけでどうすれば良いか判った。いや、判る前からもう身体は走り出している。藤代から受け取ったパスをワンツーリターン。そこにはちゃんと藤代が走り込んでいて、そのままボールを蹴り出した。俺も次に備えてそのままゴール前に詰める。だがその必要もなく、鮮やかな軌道を高速で描くシュートは横っ飛びしたキーパーの手の僅か先を掠めてゴールネットへと突き刺さった。
 それを見送りつつ振り返った藤代は俺を目がけて飛びついてくる。
「サンキュ!」
 そう言ってがっしりと回された腕。そうやってゴールの歓喜、興奮、快感を分け合うのには慣れてる筈なのに。
 ――ああ、そうか。こうやって快感までを分け合ってしまうから、本当に嫌いになんてなれないんだ。そう、俺は頭の片隅で思う。
 風祭、藤村なんてとんでもない奴が現れて次第に俺は自分の居場所を失うんじゃないかと不安になってた。だけど、その不安をぶつけて意識するのは結局のところ藤代だけで。
 ……そう、藤代だけなんだ。

 その日の夜、就寝前。先にベッドに入りかけていた藤代に、
「あのさ、藤代」
と、珍しく自分から話しかけてみる。必要がないのに俺が藤代に話しかけることなんて滅多にない。それに藤代が不思議そうな声で訊いてきた。
「何?」
「……俺さ、お前のこと本当は嫌いじゃないよ、多分」
 俺がそう言うとガバッと藤代は被ろうとしていた布団を跳ね除ける。
「それって俺のこと好きってこと?」
 何故かテンション高く訊かれるのに多少引きながらも俺は答える。
「…………多分」
「それって、こういう好き?」
 瞬間何が起きたか判らなかった。いつの間にか俺の目の前に居た藤代。居たと認識した時には唇と唇が重なっていて。
「――お、お前っ」
 俺は慌てて後退りし、唇を手の甲で拭う。
「だって、好きって言ったじゃん」
 にんまりと笑ってそう言う藤代の顔が再度じりじりと迫ってくる。
「ふ、藤代っー!」
 その叫びと同時に思わずバンッと頬を叩いてしまったのは驚きのあまりの行動だ。好きって認めただけでどうしてこうなる。そもそも、好きって?どういう好きって?俺だってよく判らないのに。
「……っ痛ー。何も叩くことないと思うけど」
 藤代は口を尖らせてそう言った。それに俺は怒鳴る。
「馬鹿野郎!俺、初めて――」
 ……って、言わなきゃ良かった。ああ、いや、最初から好きだなんて言わなきゃ良かった、と思っても後の祭り。天才FW藤代サマを調子づかせたらどうなるか判ったもんじゃないんだった。案の定、藤代は俺の言葉にニコッと笑って、
「ラッキー」
と、嬉しそうに言った。
「やっぱりお前なんて大っ嫌いだ!」
 そうは叫んでみてもそれはやっぱり嘘だし、藤代ももうそれが判ってしまってる。
 ――結局のとこ、俺は藤代には敵わないのか。
 サッカーではどうか、は後回しにしてもこの件に関してだけはそれをすぐに認められた。いや、認めるよりないだろう。
 ……だって、北風だって太陽には敵わない。

 この変事を英士にのみ相談がてら伝えることにした。結人は勿論信用できるが何分藤代と仲が良いので話すのが躊躇われた。しかし、英士と話すにしても内容が内容だけに、さすがに部屋やロビーで話す訳にはいかないから誰も居ない食堂へと場所を移す。二人、適当な席に向かい合って座った。
「で、何?」
 途中の自販機で買った紅茶を飲みながら英士がそう訊いたので、俺は事の顛末を話す。それを静かに、ただ黙ってずっと最後まで聞いていた英士が、溜息を吐いてから苦笑混じりにこう言った。
「やっぱり気が付いてなかったんだね、一馬は」
「はっ?」
 俺は思わずそう訊き返す。
「俺も結人も気が付いてたけど」
 英士はそう言って微笑み、そして、その時を振り返るような表情で話を続ける。
「一馬が藤代の背中見てる時あいつ笑ってるんだよね、それも不敵にさ。それこそゴール狙ってる時と同じ顔で。一馬は背番号9ばかり見てたから気が付かなかっただろうけど」
 そんな事知らない。……というか、俺は背中しか見てない、見られないから気が付きようがない。だが。
「だから、それがどうしてこうなるんだよ!」
 どうにも判りかねて俺がそう訊くと、英士はこう答えた。
「だって、いつも一馬が見てるのに気が付いてから、藤代はそうやって笑うからさ。最初はライバル心かとも思ったけど、それにしてはギリギリな感じで、何が何でも手にしてやるって顔だったからね。そう、一馬と同じギリギリな感じ」
「……俺と?」
 そう問い返す俺の視線を英士は受け止めて。
「他にFWが何人来ようと、それこそ藤村みたいなとんでもないのが来たって、結局藤代しか見てないでしょ?一馬は。本当の気持ちに気付いてるんだったら、そろそろ素直になっても良いと思うけど」
 英士は努めて冷静にそう言った。だけどその言葉の後半はやけに重たく響いて、英士もまた何か似たような思いを抱いている、そんな気が一瞬した。だから、
「……英士?」
と、俺がそう呼びかけたちょうどその時、後ろの方からかけられた。
「おーい。英士、一馬」
 そう俺達を呼ぶ結人の声。重なってしまった俺の声に英士は気が付かず後ろを振り向く。俺も振り向いた。そこには結人と、藤代の姿があって――。
「これからゲームすんだけど来ない?」
 藤代がそう言った。それに、
「俺は行かないよ」
と、いつも通りのそっけない英士の答え。立ち上がった英士はそのまま部屋へと帰ろうとする。それを聞いて二人はやっぱりという表情をした。だが、
「俺は行く」
 そう俺が言い出すと三人は驚いた。それもそう。いつもなら英士と俺は断っていて、二人もそれにとっくに慣れているからだ。てっきりそうなるものだと思い込んでいたのだろう結人は、目をパチクリさせながらこう言った。
「珍しいな、一馬。何かあったのか?」
 それに藤代が口を挟む。
「まぁまぁ。人数多い方が楽しいじゃん。な、真田」
 そう言って藤代が笑った。まるで太陽のような明るい笑顔。
 その光に照らされて、温かさの中で過ごしてみるのも悪くないような気がした。だから。
「ああ」
 俺はそう返事をして立ち上がり、藤代へと近づき歩いて行く。

 その、光の差す方へ――。



 
(Fin)
2011.10.27 UP

For 弦音さま