…眠れない夜もあるけど
その晩はずっと眠れなくてベッドの上をゴロゴロしていた。 それほど宵っ張りという訳でもないけど、そんなに寝付きは良くない。部活があって身体が程良く疲れてるときはそうでもないけど、今はテスト週間で部活がなかった。 眠れないのならちょっと軽く勉強でもしようか、などと思ってベッドを下りる。 と、音がする。 カツン、カツン… 小石がガラスに当たるような音。 それは近く…ってこの部屋の窓じゃないか。 …俺は溜息をついた。 こんなことするようなヤツは二人しか思いつかない。 と俺がその二人の顔を思い浮かべているとき、窓の向こうに手を見る。 いやシゲなら小石当てる前によじ登って窓を叩くっけ。 …ということは。 俺は窓辺へ行く。そして窓ガラスを開けた。 そこにあるのは浮かんだもう一人の方の顔。 わざとらしく聞いてやる。それも窓の枠に両肘なんかついてやって。 「何やってるんですかー?三上サン」 三上が返してくる。 「つれないねー、水野クン」 …何がつれないねー、なんだか。 「だ・か・ら・何やってんだよ、三上」 言葉に溜息が混じるのは仕方ないことだと思う。 「冷たいなぁ。せっかく俺サマが遊びに来てやったってのに」 ニヤニヤ笑って言う三上。 「…寮抜け出して何やってんだか。帰れよ」 馬鹿らしくなってぴしゃりと窓を閉めてやる。 と、窓の向こうで三上が口調を荒くして言う。 「おい、コラ、開けろ水野」 気が短いなぁと思うが人のことは言えない。 「開けないと、ここで叫ぶぜ。桜上水の水野クンは〜」 と俺は慌てて窓を開ける。 何言い出すかたまったものじゃないし、第一夜中だ。 「わ、止めろ三上!」 と窓が開くなり三上はするりとその身体を部屋の中に滑らせた。 …こ、こいつ…。 「どうも。こんばんは、お邪魔します〜」 ええ、お邪魔ですけど。 そして俺が戸惑っている間に、三上はベッドに背を預けて床に座り込む。 「あの、な…」 …何か変なんですよ、今日のこの人…。 俺もその三上の横に座り込んだ。 「もしかして、酔ってる?」 恐る恐る訊いてみる。 「ご名答。さすがホームズの飼い主だけあるぜ」 何がご名答なんだよ…ああ。 …俺は頭を抱えたくなった。 「明日は練習オフだし〜」 すみません…なんかキャラ違うんですけど? で、俺はまた訊いてみる。 「ひょっとして、1軍メンバーで飲んでたとか?」 すると三上は片方の手をひらひらとさせて 「ああ、そんなとこ」 と答える。 …親父にバレたら知らねぇぞ。 そんな考えが通じたのか、三上はニヤっと笑って言う。 「お前がバラさなきゃ、バレないさ」 …はいはい。そうだね、そんなことあり得ないね。 俺は親父と和解したとは言え仲良いわけじゃないし、だいたい、コイツとの関係がバレたらとんでもないことになるし。 「で、何でこんなとこまで?」 そう、それが不思議だ。 「いや、今日はちょうど渋沢がいなくてさ。藤代のヤツが酔って会いたい会いたい連発すっから、俺もアンタに会いたくなっちゃって」 …ああ、そりゃ嬉しいことですけどね。迷惑なときってのも有るでしょうが。 というより、渋沢さん。アンタ、何でこんな日に限っていないんですか…。 なんとなく恨めしい気分だ。 「でもさ、何でこんな時間まで起きてるわけ?」 ふと三上が訊いてきた。 時計を見てみれば、真夜中過ぎ。 俺はちょっと迷って答える。 「…眠れなくって」 そう、寝付きが良くない理由は簡単だ。 父さんと母さんが別れる前、よく夜に何か言い合っていたから。眠った振りをしていたけど、時々聞こえてくる『竜也は…』『竜也が…』に一人布団の中でビクリとしていた。 …思い出すと嫌な感じだ。 すると、ふわりと掛け布団を頭から被せられた。温かさを感じた、と思ったら肩を抱き込まれている。 「え?」 妙に優しい仕草に戸惑った。 「寝ろよ」 三上が言う。その表情は俺からは見えない。 「でも…」 「それとも『抱っこ』してやらなきゃ眠れない?」 三上がニヤニヤと笑って俺の顔を覗き込みながら言ってくる。 言葉の裏は、わかりきっている。 「ば、馬鹿なこと…」 俺は真っ赤になって言い返した。 「冗談だって」 ポン、と軽く頭に手を置かれる。 「こうしてりゃ、眠れるんじゃない?」 三上がそう言ってきた。その言葉は今までに聞いたことがないくらい優しくて、俺は少し戸惑う。 「…そうかも」 俺はそう答えるのが精一杯だった。 「俺も覚えがあるさ」 「…アンタが?」 すると三上は言う。 「これでも結構寂しがりやだぜ」 コツンとくっつけられる頭。 「…知ってる」 わかってるよ。 だって、アンタ、何処か似てるんだから…。 ――ようやく訪れた睡魔に俺は身を委ねる。 ふわりと、頭に温かい感触。 「…おやすみ」 そんな三上の声を聞いたような気がした。 朝起きると三上はいなくて、いつの間にか俺はベッドに寝ていた。 「なんだ、夢…?」 そんなことを思ってぽつりと呟くと 「そりゃないだろ。人をベッドから落としておいて」 と、背後からの声。 「うわ、三上」 …そういうことでしたか。 「ったく。サッカーなんてやるから足癖悪くなるんだぜ?」 三上はニヤっと笑いながら言った。 「同じサッカーやってる身で言うな」 俺は言い返す。 …完全にいつもの三上に戻ってた。 少しばかり、残念な気もする…。 やっぱ優しい三上なんて幻想だよな。 なんて、俺は心の中で溜息をついた。 「さてと、戻らないとな」 一つ伸びをして、三上はそう言う。 「…さっさと戻れよ」 なんか悔しいから俺は不機嫌そうに言ってやる。 窓辺まで行きかけて三上は振り返った。 「あ、そうだ。お前、眠れなかったら俺呼べよ。いつでも来てやっから」 不意打ちの優しい笑み。 「え?」 …そんなの反則だ。 俺は赤面する。 そんな俺に三上はニヤリと笑って一言。 「そのかわり、謝礼はいただくな」 と言って唇を重ねられた。 「三上!」 俺が真っ赤になって叫んだ頃にはひらりと窓から下に降りている。 「じゃあな」 一つ手を振ると、朝焼けの街に三上は消えていった。 「…あのなぁ」 と溜息混じりに呟いて、クスリと笑った。 確かに、よく眠れたし。 こんなのもありかな、と思う。 ――後に、三上が帰ってきた渋沢と鉢合わせして怒られたと言う話は俺は聞かされなかった。 が、容易に考えられることだ。 「ありがとう…」 三上が消えていった朝焼けの街を見ながら俺は心の中だけで、そう言った。 (Fin) |
…で、くだらない続きがあったりします(苦笑)
◆◆おまけ(その後の松葉寮・実況中継)◆◆ 「どこ行っていったんだ?三上」 (The End?) |