あの日のことは多分一生忘れられないだろう。選手を辞めた今でさえ夢に見ては溜息を吐く。 勝てば優勝。けれどあまりにも遠すぎたゴール。 あからさまなコーナーフラッグ付近での時間稼ぎにイライラした。 いつか陽も沈んだ十一月終わりの国立に、無情にも鳴り響いた終了を告げる長い長い主審の笛。 手を伸ばせば届きそうにも思えた優勝は、俺達の手を見事なまでにすり抜けた。 あの日の国立に置き忘れたその思い。 ……勝てば優勝、それはあの時と同じ。 でもきっと、その結末は同じにはならない。俺はそう信じてピッチに立つ後輩を見守る。 背番号9。それはあの日何度も祈るようにパスを出したその先。 今それを背負うのは違う人物。それはよく知った後輩の姿の筈なのに、不意に俺の脳裏を過ぎる過去。 一馬が味方MFからパスを受けてさらにそれを折り返し見事に繋がった攻撃。その後ろ姿に、あの日俺達が掴む筈だった未来が―― フラッシュバック 00年シーズン、柏は好調だった。 上位に付けていたファーストシーズン。半ば辺りまでは優勝の可能性もあったが、最終的に残ったのはマリノスとセレッソだった。 その直接対決となった雨の三ツ沢。映像で見たその試合はきっとJリーグ史に残る名戦だろう。あの時誰もがセレッソの優勝を信じた。傍観者でしかなくなっていたことに悔しさを覚えながらも、俺もそうだった。 だがファーストステージ最終節。川崎との試合でセレッソはまさかのVゴール負けでもうほとんど掴みかけていた優勝を逃した。それは後に長居の悲劇と言われる。同期昇格組としては悔しいようなほっとしたような複雑な心境だったのを今でも覚えている。 しかし、まさかその時は自分達も同じようにセカンドステージ最終節で優勝を逃すとはその頃は思ってなくて。 ファースト以上に好調だったセカンドステージ。鹿島柏ガンバと三つ巴の優勝争いは、ガンバが先に後退した為、最終節の鹿島との直接対決での決着を待つことになって。わずか勝点1差の首位鹿島との直接対決。勝てば優勝。鹿島は引き分けでも優勝が決まる。 それは僅かな差。でも大きな差、違いだった。 相手は引き分けでも良いのだ。そして守ることに関しては鹿島以上に得意とするチームはないだろう。試合開始早々からガチガチに固められて、俺達はなかなか攻めることが出来ず数度巡ってきた貴重なチャンスも枠を大きく外れてサポーターの溜息を誘った。勿論相手に攻められてる時には皆身体を張って必死で守った。けれど点が、ゴールが遠い。勝たなければ俺達に優勝はないのだ。 俺は何度FWの名を呼んだだろう。けれど、相手DFのマンマークにあって繋がらないパス。 そのまま試合は延長戦へともつれ込む。日の短くなった秋の終わり、早くも照明灯はピッチを煌々と照らし出している。あとはもう時間との戦いになっていた。焦燥が募る。 そして、終わりを告げる笛はそれを絶望へと変えた。 ……あと少し、もう少しで手が届きそうだったのに。 バタッとピッチに倒れ空を見上げる。ぼやける照明灯の光。伸ばした手はそのまま空を切って、何も掴めない。 掴めなかったんだ、あの時の俺には――。 主審の長い笛が鳴って俺はハッと我に返る。歓喜に沸く埼玉スタジアム。 ベンチの選手が我先にとピッチへと駆けだしていく。スタッフはその後だった。でももう合流する頃にはもみくちゃになっていて。ただ目の前に来た選手やスタッフと喜び抱き合う。そしてその中で一馬と目が合った。その顔は涙でぐしゃぐしゃで、けど今まで見たことがないほどの明るい笑みを浮かべていて、俺の方へ向かってくる。 「明希人さん」 俺へと伸ばされたその手を掴む。 「ありがとう、一馬」 ……ありがとう。俺達があの日の国立に置き忘れた思いを取ってきてくれて。 あの時、俺達が国立競技場の天を仰いで感じた絶望はそのままで終わることなく、ちゃんとこの未来へ繋がっていた。きっと俺達の思いは無駄じゃなかったんだ。 忘れられない。それは今まではずっと悔しさからだったけど、今は違う。忘れる必要なんてないんだ。あの悔しさがあるから今がある。 一度は離れたこのチーム。けど結局やっぱり好きで戻ってきてた。だからこそ――。 「ありがとう」 あの日のことも、今日のことも、きっとずっと忘れないだろう。 ――そしてこの優勝は更なる夢へと続いていくことになるのをその時の俺達はまだ知らない。 |
| to be continued...? 2012.01.29 初出(ペーパー) 2012.07.01 UP |