ある秋の日曜日。 ぼくが呼びだしを受けてキャプテンの家に行くと、ドアにはこんな張り紙がしてあった。 『――早野へ、ガレージの方にいる』 ぼくは張り出してある紙をペリッとはがした。見慣れている彼の字はいつも流れている。 「…いいのかなぁ、こんな風に張り出してて」 なんて言ってはみるのだけど。 なんだかそれは尾形キャプテンらしくて、ぼくはクスリと笑う。 庭を回ってガレージの方へ向かった。 と、ガレージからはちょうど当人が出てくるところだった。 「キャプテン」 ぼくは彼を呼んだ。 「お、早野。そろそろ来る頃だと思ってたんだ」 そう言って手招きされる。 「…ところでキャプテンってのはお前のことだと思うんだが」 ふと、彼が言う。 「あ、つい」 そう言われてみればそうだ。見れば彼は笑っている。 「…で、見せたいものって何ですか?」 ぼくはそう訊いた。 「ああ。新作が完成したから見せようと思って」 そう返される。 「出来たんですか!」 ぼくは言った。 「なんとかな」 彼は微笑んで言う。 「ま、見てくれ」 そう促されるまま、ガレージの中に入った。 ガレージと言っても車はなく、もっぱらキャプテン…じゃなかった、尾形先輩の工房と化している。 そう、そこには製図板や旧型のマック、今までに作ってきたメカ類が置かれている。ついでに言うと、壁にはホンダP3のパネルやはたまた初代ガンダムのポスターまで貼られている。それはまさに先輩の夢の発信基地。 ――そんな空間の中で。 先輩が指差したのは、2足歩行のメカ。それもかなり人に近い形をしている。 以前に話は聞いていたのだけど、なかなかのものだった。 「かなり正確に歩くようになったんだ」 先輩はそう言って、メカに触れる。そして 「動かしてみようか?」 と訊かれ、ぼくは 「はい」 と答えた。 すると先輩はなにやらリモコンらしきものを手にし、スイッチを入れた。 ――カションカションと音を立てて歩きだす、メカ。 「凄い…」 ぼくはおもわず溜息をつきながら言った。 「今までのは重心バランスがちょっとおかしかったんだ。それでうまく前へ進まなかった。この前計算し直してみたらやっぱりミスが見つかって…」 先輩は呟くように言う。心当たりがあってぼくは訊く。 「ぼくのプログラムが間違ってました?」 そう、重心計算のプログラムを頼まれて書いたのだ。 「いや、そうじゃないさ」 だが、先輩は笑って首を振った。 「コーヒーでも淹れようか」 先輩がそう言ったので、ぼくは頷いた。 「いただきます」 先輩はデスクの片隅にあるコーヒーメーカーのスイッチを入れる。 そして、奥の方には流しまであるらしく、そちらの方からカップを取ってくる。 それでもコーヒーメーカーを導入する前はフラスコとビーカーでコーヒーを淹れていたという。 …ぼくは呼ばれたことはないけど。 「はい」 そんなことを考えている間にコーヒーは入って、先輩はカップの一つをぼくに差し出した。 「ありがとうございます」 ぼくはそれを受け取る。 「…先輩、進学は普通科なんですか?」 コーヒーを啜りながら、ぼくは先日部の顧問から聞いた話を本人に確認した。 「ああ」 先輩は微笑んで頷く。 「そうなんですか。てっきり機械科かな、とも思ったんですけど」 ぼくはそんな風に言う。 「…迷ったんだけどな。やっぱり4大の工学部に行きたいから、そのためには普通科の方が良いかと思って」 ちょっと遠くを見るような目で先輩はそう言った。 「そういうものですか」 ぼくは言う。 「まぁ、確かに機械科から推薦枠使っていく方法もあるけど、やっぱり今のうちはいろいろな勉強をして広い視野を持ちたいと思って。これからのエンジニアにはそう言うものが必要だと思うんだ」 それに…と先輩は笑って言った。 「サッカーしようと思ったら普通科の方が良いしな」 確かに。部活動は普通科の方が盛んだ。 「そうですね」 ぼくも笑って返した。多分、ぼくもそうすることになると思う。 …彼と一緒の夢があるから。 ふと、横をみてみれば。 「…これは?」 そこには前来たときにはなかったものが置かれていた。 「ああ。見せてなかったか」 先輩は呟いた。 そこにはミニチュアのサッカー場が作られている。 そして数台のメカにサッカーボール。 「ロボットのサッカー大会は知ってるよな」 先輩はそうぼくに聞いてきた。 「ええ、このまえは国立のO大が活躍してましたね」 ぼくはNHKの番組でみていた。先輩もみていたらしく 「あれみてたら、急に作りたくなってみて」 なんて言った。 「…でも、あれって結構難しいですよね」 そう、大学生が試行錯誤して作る様子を番組では紹介していたのだ。 「そりゃ、そうだろうな。俺達が生身でやっていたって難しいのに」 クスッと笑いながら先輩は言った。 「そう。でもメカそのものはそう難しくないんだ」 そんな風に先輩は言う。 「問題は、ソフト」 「プログラムですか」 先輩の言葉にぼくは返した。 「…俺はやっぱりハードの人間だからな」 先輩はそう苦笑しながら言う。 「ぼくからすればハードをここまで組めるのも凄いと思いますけど」 勿論、本心。ぼくにはとてもじゃない。 「ハードで新しいものを作ろうとすると難しいな」 ぼくは先輩の言葉に頷く。 「そうですね。ソフトはわりと応用がききますけど」 それを聞いて、ふっと笑い先輩はリモコンを取り出して、メカを動かし出す。 メカはボールを持って、進み、ゴールする。 …実際はこんな風にいかないよな、なんて先輩は言う。 ぼくもそれに笑い返す。 「いつかさ、俺の作ったハードにお前のソフト載せられたら良いよな」 先輩はメカを愛おしそうに眺めながら言った。 「ええ」 ぼくもその言葉に頷いた。 そう、それは一緒にサッカーをしていくことともに、ぼくの夢になっている。 …何故って? ぼくはこの人の笑顔をずっと見ていたいから。 たしかに優れた才能を持っているけど、 それより何よりこの人は本当に楽しそうにメカを作るし、サッカーをする。 …ぼくの、憧れだ。 何だかたまらなくなって後ろから抱きついてしまったぼくに。 「早野?」 と振り返って、微笑む先輩。 常に先を行き、その道を示してくれるあなた。 ――あなたは、ぼくの夢の一部。 (Fin) |