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帰らなくても良いから…


「こんなところで何をしてるんだろうな…」
 こぼれた呟きは、街の喧噪に消えていくだけ。
 いっそウザイぐらい華やかなネオンサイン。
 俺はただ見つめているしかない。

 ・・・・・

 大学1年目はまだ良かった。
 アイツがまだ高校生だったから。
「俺、プロ行きます」
 そう告げられたのは半年前だと言うのにわずか半年で環境は大きくかわり、渋沢と同じようにプロに入るなり鮮やかなデビューをしてくれた後輩は何かと忙しく。
 今じゃ電話すらままならない。
 
「明後日、電話しますね」
 藤代は申し訳なさそうに言った。
「別に良い。…ったく、通話料金馬鹿にならねぇだろ」
 そう言った一昨日の電話。
 ――そんな風に強がっていたものの、いざとなれば不安になっている。

「お客様のおかけになった電話は、電波の届かないところにいるか、電源が…」
 感情の籠もっていないアナウンスの女性の声を聞いて、俺は折り畳み式の携帯を閉じた。そしてテーブルの上を滑らせた。
「何が明後日掛ける、だ」
 苛立ちは、電話を掛けてこない藤代に対するものか、あるいは掛けて欲しいと期待してしまっている自分に対するものか。
 …どちらもだろう。
 だから、余計にタチが悪い。
 このまま家で一人、悶々としているのも馬鹿らしく。
「ヒマだったらこない?」
と大学の連中に言われていたコンパに顔を出そうかと、俺は思う。クローゼットを開けて外出着を出す。そして来ていた部屋着を脱いで放る。
 一人暮らしもこれでもう1年半。
 いい加減なれても良いだろうに、服を脱ぎっぱなしするたびに、たしなめる渋沢の声を思い出してしまう。
「6年ってやっぱ長いよな」
 こぼれた呟き。
 それに対し…アイツとは5年だけどな、などと思う。
 そのつきあいが1年短い藤代の方が携帯のメモリの順が先に来てしまうような関係になるとは、思ってもみなかったが。 
「…まぁ一応持っていってやるか」
 テーブルの上から携帯を拾って上着のポケットに突っ込む。
 そして、部屋を出て。駅までの道を歩いていった。

 乗り換えた山手線は、人を降ろしては乗せていく。そうして詰め込まれた列車は渋谷に着いた。
 人混みをかき分け、指定された居酒屋に向かう。
 眩しいくらいのネオンサインに溢れた街。
 …相変わらず電話は鳴らない。
 

 
 店に入り、奥に進めば連中はいて、
「あー、三上クン、来てくれたんだ」
 一応顔と名前だけ一致している女がそう言った。
「…ヒマだったから」
 俺はぶっきらぼうにそう返した。
「まぁ、そうは言わずに。とにかく座れ座れ」
 同じ学科の友人が声を掛けてくる。その言葉の通りに座る。
「とりあえず、ビール」
 そう言って、アルコールを浴びるように摂る。…半ばヤケなのは自分でもわかっていたが、どうしようもない。
 と、隣の女が言った。
「ねぇ、先に抜けて別のところ行かない?」
 そう言った女は、まぁ、まずまずといったところで。
 そう思ってしまった。多分に、酔ってる。…でも、それも悪くはない。
 そして、代金をテーブルの上に置いて、こっそりと店を後にした。再び街を歩き出す。

 …こんなのもいっか。
 と何処か投げやりに考えてしまうのは、幾ら確かめても着信を知らせてくれない携帯のせいか。
 きっとそうだ。
 と、そう思ったその時。耳に飛び込んできた、聞き慣れた声。
「センパイ、三上先輩!」
 ――幻聴でも、電波を通した声でもなく。

 俺はまさか、と思いながらも振り返った。
 そこには藤代。
 大きな鞄を持ったままで。

「藤代?なんでここに…つーか、お前電話…」
 俺はそう言った。 
「すみません、飛行機だったから使えなかったんスよ。電車でも使えなかったし」
 走って来たらしく、その息が上がっている。それでも彼はそう言った。 
「…って、ああ」
 …そういえば、自主トレで北海道に行ってたんだっけ。
 藤代の、東京では少し厚着の格好を見て俺は思いだした。
 そんな風に見ていると、藤代は
「ということで、俺この人に用事あるんで、持っていきますね」
と、後ろにいた女に半ば宣告するように言った。
「って、おい。藤代」
 抗議する俺の声にも構わず藤代はぐいぐいと俺を半ば引きずるように歩いていく。と、それが止まったかと思うと、こういった。
「外じゃなんですから、マックで良いッスか?」
 俺はその言葉に頷いた。



 コーヒーを飲むと、幾分か酔いが抜けていくようだった。
 その俺の前で、藤代はビッグマックを食っている。
 そして食いながら、予定より早く帰ってきたことを告げた。…本来なら帰るのは明日だったはずだ。
それを最終の飛行機に飛び乗って帰ってきてしまうとは。理由を訊けば、俺の所為と言って憚らない。
 ――コイツもたいがい、バカだ。
「でも、早く帰ってきて正解ッスね」
 …センパイってば浮気しそうなんですもん。
 藤代はそう言った。
「放っとく、お前が悪いだろ」
 と言うと、キョトンとする藤代。そしてニカッと笑うと
「なんだ、先輩寂しかったんだ」
などと言う。
「馬鹿言え」
 腹立たしかったので、ポテトを何本か奪ってやる。
 …ああ、こんなのに振り回されているとは。
「でも、お前いないとつまらない」 
 ぽつりと言った声が藤代に聞こえていたかどうかは知らない。


 マックを出れば、もう時計の針は随分な時間を差していた。
「帰りましょうか」
 そう言って、藤代は駅に向かって歩き出す。
 が、その方向は俺の使っている私鉄の方向で、藤代は逆のはずだ。  
「帰るって、何処に」
 俺はそう確かめるように訊いたのだが、それに対して藤代は
「やだなぁ、決まってるじゃないッスか。先輩のところ」
などとあんまりに当然のように言うので、むしろ俺が戸惑ってしまう。
「先輩?」
 藤代はキョトンとしている。おれはそれを見て溜息をついて苦笑した。
「ったく、お前には負ける」

 …そうだ。一度だってこの勢いの良い後輩に勝てた試しはない。
 中学・高校…今だって。
 多少の反発はあるものの、それも良いかと思えてしまうのは、慣れか。それとも、やっぱり…。

「誰が泊めるっつったよ」
 俺は意地悪くそう言ってやった。
「あー、何ですか?俺を外に放り出す気ッスか?」
 …ヒデェや、先輩。
 そう言って口を尖らす藤代。それはずっと変わっていなくて。
「嘘」
 俺はそう言ってニッと笑ってやる。
 それに藤代もにっこり笑った。

「別に帰らなくても良いけどな」
 俺はそう呟いた。それを聞き
「え?」
と振り返る藤代。

 ――お前がいれば。
 なんてことは絶対に言わないけど。

「なら一晩中遊びます?」
 藤代はその顔に悪戯っぽい表情を浮かべてそう言った。
「付き合いますよ」
「ああ。引きずり倒してやるからな」
 俺はそう言って笑ってやった。


 そして二人、地上の星を渡り歩く。
 その星が消えて、朝が来るまで…。

 

 

 

 

 Won't you come again
 …ずっと側にいて欲しい

 言わないけど、本当は――。

 

I miss you.

 

 

(Fin)

BGM:m-flo;COME AGAIN
2001.02.24 UP