昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。昼食を終えて教室に戻るなりシエスタを決め込んでた俺はそれにあくびを噛み殺して起き上がると、机から教科書とノートを取り出した。この前の席替えでようやく陽射しがきつくて暑い窓際の席から涼しい廊下側の最後列に変わったから寝やすくなって、ともすれば授業中でも眠ってしまいそうだ。 そんな環境もあるが、このところ自主練習に精を出しすぎてるのもあるのだろう。判っていても、夏の大会は目前。選抜に落ちはしたが、……いや、落ちて自分に欠けてたものに気付けた今だからこそ、この大会では絶対に勝ちたいと俺は思っていて、その為の努力は惜しむつもりがない。結局、俺はサッカーが好きで仕方ないんだ。 だが次は数学。桐原監督の授業だ。うっかり寝ることなど絶対出来ない。これでも俺は学業面では優等生で通してきてるから居眠りなどしたことはないのだが、正直今はどうやっても眠い。まだ数学で良かった。国語で古文だった日には五秒でKOだろう。 入ってきた監督が教壇に立つ。言われた通りに教科書とノートを開き、予習した左ページと見比べながら右ページに板書していく。 選手層が厚く、出来なければ切り捨てれば良いだけのサッカー部と違って、授業では落ちこぼれを出す訳にはいかないからだろう、幾分か優しく思える監督の声。 それを聞きながらコクリコクリと首が上下に揺れるのを感じる。マズいなこれ、と思ってるうち、ほんの少し意識を失った。が、次の瞬間ゴンッと机に思いっきりぶつけ、その衝撃で俺は意識を取り戻す。 「痛っ!」 思わず叫んでハッとする。ドッと教室が沸いた。これまでずっと優等生で通してたのにとんだ失態だ。だが、これは絶対に怒られると思って首をすくめてる俺にかかった監督の声はのん気なものだった。 「……なんだ、三上。そんなにこの問題が解きたかったのか?」 「あ、はい、いえ」 言ってて自分でもどっちなんだかよく判らない返事をする。 「じゃあ前に来て」 席を立った俺は黒板の前に立つ。幸い予習してた問題の応用だ。代入、移項。スラッシュで数字を消しながら解いていく。 解答が出るまでそんなにかからなかった筈だ。チョークを置いて俺は監督を見る。俺と解答を見比べ終えた監督は苦笑した。 「間違ってたら廊下に立たせようと思ったが、その必要はなかったようだな。……戻って良いぞ」 はい、と返事をして俺は席に戻る。さすがにもう眠気は飛んでいた。 授業が終わって、他のクラスの近藤から理科の資料集を返して貰いに行く俺を、監督が廊下で呼び止めた。それに俺は振り返る。 「三上」 「はい?」 「どこか具合でも悪いのか。お前が居眠りするなんて」 心配するように訊かれ俺は苦笑して謝った。 「いえ。疲れててつい眠くなってしまっただけです。すみません」 「どうしてそんなに疲れることを」 そう言いながら監督は判ったのだろう。どうしてそうなるのか。どうしてそこまでしてしまうのかを。 「……いつやってるのか知らんが、あまりに過ぎるとオーバートレーニングになるぞ」 「判ってます。気をつけます」 渋い表情で言われたのに俺は素直に返事をする。そして、続いた言葉に俺は驚かされる。 「無理はするな。お前の代わりはいないんだ。――良いな」 「はい」 認めて貰えたのが嬉しい反面で、あの時自分の息子と代えようとした癖に、と思ったけど、それでも良いかと思えた。もしかしたら元々俺は監督にとって水野の代役みたいなものだったのかもしれないけど、あれだけ実力がある奴の代わりならばいっそ光栄なのではと、今なら笑える。 ……嘘でも良いんだ。 そう言って貰えるような存在であれば。今は嘘でも、いつか本当になれれば良い。 ――中学最後の夏が、すぐそこに来ていた。 |
2012.05.03 初出(ペーパー) 2012.05.06 UP |